これは罰ゲームですか?

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***  「じゃああれか、それで今は連絡取り合ってるのか?」  こういうときの(あきら)さんは、変に面白がったりせず、フラットに聞いてくれるからありがたい。明日も仕事なので、今日の餃子はニンニク抜きにしてもらった。  「まあ、はい……。でもなんか、他愛もない会話しかしてないですけど。」  「いきなりガツガツこられるよりいいんじゃねーの? あっちゃんのこと大事に思ってる証拠かもしんねぇな。」  「どうかな……わからないけど、今は流れに身を任せてみるのも悪くないかなって思ってます。っていうか、正直そこまであんまり頭が回らなくて。」  「……仕事か?」  「はい……なんか、どうしたらいいのかな……」  自嘲気味の笑いが零れてしまう。  今日は、高校生の男の子を接客した。肌荒れがよくならず表情が曇りがちな彼女にサプライズでプレゼントしたいので、どれを買えばいいか教えてほしい、との相談だった。先日彼女が雑誌でアミューの特集を見ながら、『こういうの使ったらよくなるのかな、いいな、でもこんなの高くて毎日は使えない……』と悲しそうに笑っていたのを見て、次のバイト代で必ずプレゼントしようと心に決めたそうだ。  以前のわたしなら、喜び勇んで見繕っただろう。アミューを頼ってきてくれて嬉しい、何とか力になりたい!と。だけど、今のわたしの心の内はもう少しフクザツだった。  「……贅沢な悩みだってことはわかってるんです。選んだのは自分だし、つべこべ言う権利もないんですけどね。でもやっぱなんていうか、しっくりこない、っていうか……。接客も好きだと思ってたけど、よく考えてみたらサービスしかしたことなかったんですよね。販売、ってなると、なんか全然違うなって。当たり前なのに、なんでもっとよく考えなかったんだろうって、あほ過ぎて己に失望してる。毎日ガッカリさせられてますよ、自分に。はは。」  本当に、ただ、憧れて。キラキラした希望を胸に入社してしまったから、現実を知るにつれ、己の感情の持っていき方がわからなくなる。  「まあでも、あれだろ? 別に悪いもの売りつけてるわけじゃないんだろ?」  「それはそうだし、詐欺でも押しつけでもないんですけど。でも、この仕事始めてから勉強のためにと思って色々使ってみて、思い知っちゃったんですよ。もっと安価でも効果の期待できるものっていくらでもあるなって。価格を抜きにしても、別ブランドにもいい商品はいっぱいあるわけじゃないですか。知れば知るほど、わたしはどうして『これを』『この価格で』売ってるんだろうって。それって、わたしを信頼して相談してくれてる人を騙してることになるんじゃないかって……なんか、自信持てなくなっちゃって。」  美容業界に憧れたわたしがアミューへの就職を希望したのには、確固たる理由があった。今日来てくれた男の子の彼女さんのように、わたしも思春期にひどい肌荒れに悩まされた。どんなケアも受け付けなくなり途方に暮れていたとき、たまたま通りかかったアミューの店頭で、とても綺麗な肌のBAさんが新商品のデモをしていた。あんな肌になりたいな……と泣き出したい気持ちになりながらも思わず見入ってしまい、気づけばしばらく立ちすくんでいた。するとそのBAさんが、よかったらお試しになりませんか?と声をかけてくれた。  こんな状態の肌で、何も試せるはずがない。こんな汚い肌では……と断ろうとしたわたしに、彼女は『もし刺激を感じたらすぐにおっしゃってくださいね』と前置きして、丁寧にスキンケアから始めてくれた。不思議なほど刺激がなかった。そして、下地やコンシーラーの使い方を説明しながら、あっという間にわたしの顔を作り上げたのだ。信じられないほど、粗が隠れていた。  わたしはそこから、アミューというコスメブランドに夢中になった。ここのなら使える、痛くない、悪化しない、きれいになれる……‼ 皮膚科で購入するものよりは安価だったこともあり、それ以来、ずっとアミューの商品を使い続けてきた。怖くて他の商品を使えなかったこともあり、ずっと一筋だ。それを正直に面接の時に話したところ、入社が叶った。もう見た目ではわからないほど肌の状態は落ち着いているが、これはすべて、確かにアミューの商品のおかげである。  でも、肌が落ち着いたからこそ、他の商品も試せるようになって、世界が広がってしまった。それぞれのメリットデメリットを知っていく中で、何が何でもアミューの商品でなければ!とする意義を見失っていった。もちろん今までも無理強いをしてきたつもりはないが、しかし確固たる自信を持ってすすめていたのは事実だ。今はそれが、揺らいでいる。自信がないのに強く勧めるのは、押し売りでしかない。  「大将は、自分のラーメンが間違いなく美味しいって思ってるから、店をやってるわけでしょ?」  問うと、彼は淀みなく答えた。  「そりゃそうだ、自信のないものを出すんじゃあ客に失礼だからな。けど、俺のラーメンもうまいが、よそのラーメンだってうまいぞ。それぞれに個性ってもんがある。俺は、俺のラーメンしかうまいと思えないような傲慢な人間にはなりたくないのよ。」  がっはっは!と勢いよく笑った大将が、何だか仙人みたいに見えた。傲慢、か……その視点で考えれば、わたしは柔軟になったと言えるのだろうか。うーん。
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