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壁は何故かツヤのある灰色で、ほのかにいい香りがして、何故か「うわっ!」と声を上げて驚いていた。
いや、驚いたのはこっちなんですけど。
「…………?」
喋る壁を訝しく思い、わたしは首をギギギっと上に傾けた。すると、ちょうど60度くらいのところで、その壁には顔がついていたことを知った。身長差を加味するにしたって、これは190近い。
思わずまじまじと覗き込んだ。壁についていた顔は遥か遠かったが、あからさまに美形であることはひしひしと伝わってきた。
正統派イケメンってこーゆー人のことを言うんだろうなという典型。男の趣味が悪いことを自認するわたしからするとタイプではないが、だからといって彼が美しいことを否定することはできない。そういう、模範顔とも言うべきキラキラ感がある。
それなのに、間違いなく年下だと言える、ある種の初々しさのようなものが感じられるから、どこかアンバランスだった。強いて言えばこれは、爽やか好青年の部類だろうか。
「あの……すみませんでした。」
とにかく、この壁はたまたまここにあっただけで、他意はない。多分、わたしが急に方向を変えたので、後ろを歩いていた彼にぶつかりそうになってしまったのだ。全面的にわたしが悪い。素直に認めて謝罪しよう。壁とか思ったことも含めて。
「すみません」
軽く頭を下げて左に避けると、わたしは改めてドラッグストアへ歩を進めることにした。
「…………あのっ!」
ややあって背後から声がしたが、気にしなかった。恐らく先ほどの彼だろうが、連れでも見付けたのだろうか。何にせよ、わたしには関係がない。
「あの! 佐橋さん!」
同姓か。そんなにいたかな。まあいいや、そんなこともある。そんなこともあるよ……ね。
そう思いながら、わたしは何となく歩を早めた。そう、何となく。
「佐橋さん! 待って! 待ってください!」
……………………
わかった。わたしはきっと、落し物をしたのだ。そうに違いない。そうでなければ、おかしい。あんなイケメンが、初対面のわたしに用があるはずがない。あ、もしかして名札を落としたのか? わたしは。
前方を見回して、他に彼に応じる人がやはりいないことを確認してから、わたしは恐る恐る、ゆっくりと振り返った。
「……わたし、ですか?」
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