これは罰ゲームですか?

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これは罰ゲームですか?

 今日は最悪だった。  勤務先の百貨店で、セクハラブラックリスト客にどさくさに紛れて手を握られ、怯んだ隙に胸ポケットにチップをねじ込まれた。それをたまたま来たうちの営業に愚痴ると「夜通し聞こうか?」と含み笑いをされ、丁重にお断りしたところ、一緒に処理するはずだった新商品のPOPもテスターも、全てドサッと置いていかれた。この什器、どうやって組み立てればいいんだ。  ……わかってる。怒りに任せて愚痴る相手を誤ったのはわたしのミスだ。けどだからといって、先月別れた男から結婚の報告とか来る?  あーあ。  何やってんだろ、わたし。  「とんでもございません。いつも杉田(すぎた)様のお話を伺うの、楽しみにしているんですよ。次はどちらに行かれるご予定なんですか? モルディブ? いいですねえ、本当に素敵なご夫婦、憧れちゃいます。こんなにお綺麗な奥様がいらしたら、ご主人も気が休まらないんじゃないです? えーそうなんですか? でもそれって、それだけご主人も魅力的ってことですよね。ええ、ああそれはそうですよね……あ、ではこちらなんていかがですか? ちょうど今週中にお手紙させていただこうと思っていたのですけれど、アンチエイジングの新商品で……」  うへえ。  「はい、またお待ちしております。お写真楽しみにしていますね。日焼け止め、忘れないでくださいね……!」  げっそり。  溢れ出るため息と共に時計を見やると、針は中央でもはや水平になっていた。21時15分、か。何故いつも閉店間際にお越しになるのだ、杉田様よ。  フロアマネージャーの視線を感じながら、急いで日報を仕上げる。モルディブのおかげでサンスクリーンの販売個数達成、と……。気の多いご主人のおかげで新商品の予約もゲット、とな……。  何やってんだろ、わたし。  かつてのわたしは憧れたはずだった。美しくあることを生業(なりわい)とする職業に。そう、ただ憧れた。現実をイメージもしないままに……。  正直に言おう。  現実のわたしは日々こう感じている。  「売りつけている」と。  あーもう、今日はラーメンだな。大盛り確定。その前に、餃子とビールとキムチと。生搾りニンニク3片入れたるわ、もう知らん。  ── 今更だけど、「とんでもございません」って、やっぱおかしくない?  わたしは化粧も直さないまま着替えだけを手早く済ますと、足早に退店した。  足痛っ。パンプス考えた奴いっぺん殴りたい。と思いつつ別のパンプスに履き替えてる自分もいっぺん殴られとけ。いや、だってヒールないと生きてけないんだって。ちびなんだもん。それだけでナメられるんだもん。9cm上等。今日は7cmだけど。  しかしそうして足を引きずりつつ駅に向かい始めてしまってから、唐突に気付いた。そういえば、マスカラが枯渇していたのだ。毎朝思い出しては忘れ、思い出しては忘れを繰り返して早数週間。そりゃあもう、カッスカスなわけで。  手近だからって百貨店内で買うと後々厄介だし、うちのは落としにくいから顧客にも勧めていない。結局後腐れのないドラッグストアの、フィルムタイプが最高に楽チンなのだ。安いし。  ただし通販で買うと、送料がバカ高い……つまり、行くしかない。  よりによってこんなに心身共に打ちのめされているタイミングに思い出してしまったことを呪ったものの、ここで忘れたフリをすれば明日の自分の首を締める。せっかくの休日にヤボ用で出かけるなんてまっぴらごめんだ。面倒だけど、戻っていつものドラッグストアに寄ってから帰ろう。どうしてあそこにしか置いてないんだよ、あのマスカラ……。  そう思って(きびす)を返した瞬間だった。  目の前に、壁があることに気付いた。
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