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店内ではみんなあれだけ騒いでいたにもかかわらず、彼の澄んだ声はその会話の隙間を縫って、全員の耳に届いたようだ。
呆気にとられていたわたしだったが、事態のまずさにはたと気付き、慌てて大将を見た。
時すでに遅し。
大将の顔は紅潮し、炭火の煙も相まって、釜茹でにされた五右衛門のような形相になっていた。
「テメェ今なんつった!!!」
大将の怒号が店中に響く。
もはや誰も指一本動かしていないかのような静寂が訪れた。
数秒の後、店員さんの一人が声を発した。
「ま、まあまあ店長、落ち着いて!お客さん、何かお気に障ることございましたか?」
「何でもないんです!一杯飲んだら出るので……すみません!」
わたしは(わたしは悪くないけれど!)その場をどうにかとり繕い、事態は収束へ向かいはじめた。
大将をなだめた彼がチーフスタッフだったのだろうか、バイトらしき子たちは少しほっとしたように手を動かしはじめ、大将も釜茹でからサウナくらいには落ち着いたようだった。常連と思しきカウンター勢も大将の顔色を窺いつつ談笑を再開した。
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