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枡にグラス、いわゆる'もっきり'というやつだ。
なみなみと注がれたお酒がこぼれないように両手で枡とグラスを持ち上げ、ひと口。
ほんわあ
あまりの感動に言葉も忘れて余韻に浸ってしまった。
甘みと酸味と、果物のような香りの後に、少し枡の檜の香りがした。
思い出したようにコツン、と二人で乾杯をする。
アスパラをつまみながらしばし黙々と呑んだ。
ふと思い出したわたしは、トン、とグラスを置いて彼に訊いてみた。
「でさ、さっきのお店、何が嫌だったの?」
少し酔いが回ったのか、彼は目を閉じて、この美味しいひと時を味わうようにゆっくりと答えた。
「だってさ、僕たちはおいしい焼き鳥を食べるんだよ?」
「あそこのごはんがどれくらいおいしいのかは知らないけれど、あそこじゃおいしく食べられないよ」
そう言われてわたしは、店内を思い返した。
カウンターから臭う煙草の煙、周囲から聞こえる大きな笑い声、なんだかいらいらしていた大将
言われてみればたしかに、焼き鳥に集中出来る環境だったとは言い難い。そんなに気にすることか?とも思いはしたけれども、彼にとっては重要なことのようだった。
「でもなあ」
と彼は恥ずかしそうに呟いた。
「あの店員のおにいさんには、悪いことしちゃったなあ」
「ホントよ、もう」
わたしも、怒鳴りつけてきた大将にはさほどの思いもなかったが、よくしてくれた店員さんに対しては多少の罪悪感があった。
ふふふ、と二人で笑う。楽しげな雰囲気を眺めていた板さんとおねえさんがにこにこしていた。
「じゃ、焼き鳥頼みますか」
すると近くに立っていたおねえさんがぽかんと言う。
「えっ、うち、焼き鳥やってないよ?」
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