ゴミのお姉さん

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巻物は長いので、二等分もしくは三等分に切り、食べやすい大きさにする。お客さんに出す直前に、お客さんの要望があれば、カットして出す。そのブティックの女性はカットを希望した。 「お願いします」 田中さんより、パックに入ったアナゴ巻きとイカ巻きが、私の目の前に置かれた。私はカッパの仕込みを中止して、それらの巻物をカットした。 「お待たせしました」 巻物を再び販売台の上に出したのだが、私がカットする様子を、その女性がチラと見た。私の心臓の鼓動は、一気に高まった。 「あら、小西君。きれいな人が来たから、顔が赤くなっちゃって」 「なってないです」 田中さんが余計なことを言うので、私は否定するのに必死だ。ほどなくその女性はすし屋を後にした。 仕事が終わったのち、いつものラーメン屋で、ラーメンを注文した。昔ながらの味噌ラーメンで、たっぷりのもやしに、刻んだニンジン、ニラ、細切れの豚肉がトッピングされていた。さてどうしようかと、アレコレ考えてた。 憧れの女性がすし屋に来たのは、嬉しいといえば嬉しい。もしかしたら私に気があるのかもしれない。なんとかおしゃべりしたいが、きっかけがない。 ズルズルとラーメンをすすると、汁が飛び散った。服につくのが嫌だったので、顔を近づけて食べた。ふいに、ある考えを思いついた。 手紙を渡す。名前と電話番号に加え、「電話ください」と書いておく。その紙を、廊下ですれ違いざまに、こっそり渡す。 それが私の作戦だった。 数日後、絶好の機会がおとずれた。すし屋の裏からロッカーの部屋まで至る通りで、前方より例のブティックの女性がやってきた。私の心臓の鼓動が一気に早まった。 女性はうつむき加減だったが、私が近づいてくるのに気付いた模様だ。肩にかかる程度の長さの髪で、毛先は跳ねていない。若干染めている。 女性とすれ違うまさにその瞬間、私は歩く速度を緩めた。 右手に持った小さな紙を、その女性に見えるようにサッと差し出した。女性は一瞬、ビクッとしたが、すぐに状況を理解した模様で、紙を受け取ってくれた。受け取りざまに、わずかに指先が触れた。私は失語症であり、うつむいたまま紙を渡しただけだった。 それからしばらく、その女性からの電話を待ったのだが、結局かかってこなかった。その女性が私の働いている店に来ることはそれ以降なくなり、たまに裏通りですれ違ったが、無視された。私もそれ以上はなにもできなかった。
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