星降る夜に☆人類最後のピース計画☆

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全ては緊急中継された首相会見から始まった。 「本日未明、小惑星との衝突により地球は消滅します」 誰もが手を止め、足を止め、食い入る様にテレビ画面から流れる映像を見つめながら、思考が停止した。 回りくどい言い方をしながらも、端的に言うとそういった内容だった。地球は消滅します。 今までも連日会見は報道されていたが、しっかりと言い切ったのは今回が初めてだった。 心の奥隅に潜んでいた、どこか楽観的な意識は途絶え、全ては確信に染まった。 放心状態で誰もがテレビ画面を見つめる中、溢れ出る涙をハンカチで拭うことなく、声を震わせ、一言一言絞り出しながら、最後の言葉で首相は会見を締めくくった。 「国民の皆様、最後の一刻まで愛する人と、家族と、過ごされることを、心より願います」 唐突にブツっと中継が切れ、32型テレビのカラフルな放送中止画面を見つめながら、徐々に戻りつつある思考が最初に考えついたのは、1つだった。 愛する人も、家族もいない人はどうすればいいんだ? 普通であれば味わう事もなかっただろう、一本五千円の高級ウインナーを朝食に食べようと、皿を前にしたなかでの緊急中継だった。 皿を見下ろし、これが最後の朝食になるのか、と心の中で独りごちた。 机には一斤二千円する最近流行りの高級食パンもある。 普段であれば、朝食を食べない習慣なのだが、人生の最後くらいは贅沢に過ごそうと、思いつく限りの贅沢だった。 食糧買い込みと供給停止によって、お店から商品がほとんど消えてしまったが、律儀に高級食材だけは売れ残っていたところを購入した。 購入といっても、店員はいなかったので、レジにお金を置いただけだ。今はどこのお店も店員はいない。地球が終わるというのに、誰がレジ打ちをするものか。 最も、レジスターはこじ開けられ、金を抜き取られた後なので、レジの打ちようがない。 置いた一万円札も、側で食糧を漁っていた若い女性がすぐさまくすね取った。 愛する人も、家族もいない人はどうするか。 答えは簡単だ。仕事に行く。 最後の朝食を味わって食べたつもりだが、想像していたよりも美味しいと感じなかった。 プロパンガスで沸かした熱いシャワーを浴びながら、歯を磨く。ワイシャツの袖に腕を通し、ネクタイを結ぶ。 スポンジの簡単な靴磨きで艶を出し、靴紐を結ぶ。 習慣で靴箱の上に置いていた鍵を手にとったが、思い直し、玄関から住んでいた部屋を数分眺め、鍵をかけずに家を出た。 この家にもう戻ることはない。 一か月前にNASAから大型の小惑星が地球に急接近しているとの発表があった。 思えば、当時は報道規制があったのだろう。 地球に衝突する恐れはなく、極めて近い距離を通過するといった発表であり、人類史上初めての接近なので、天候等に変化を及ぼす可能性があるが、直ちに影響はない。というのが政府の見解であった。 直径10キロメートルの小惑星は地球の北半球側を通過するので、発表されてから日本では望遠鏡が軒並み売り切れ、インターネット上では高額で転売され、広い公園では家族連れがテントを据えながら夜空を見上げる空前の天体観測ブームとなった。 口には出さないが、誰もがおかしいと思い始めたのは、米国がある計画を打ち出したあたりからだった。 『スペース・ハルマゲドン計画』 無人の宇宙船を大気圏外で小惑星に衝突させ、軌道を比較的安全な経路に変えるというのが計画の主旨だった。 USA版KAMIKAZEアタックと冗談めかして揶揄されていたが、大々的に報道され、全世界の人が見守るなか、失敗に終わった。 最寄り駅に着くが、電車は来ない。 一週間前から電車は運休している。 人気のないホームから軽く飛び降り、線路の脇に着地する。職場へは二駅なので、さほど遠くはなく、市街地を歩く方が早く着く事に違いはないが、現状道を歩くのは危険だ。 生き急いだ若者達が公道カーチェイスを繰り広げている。 先日は訳もわからず、車に追い回された。 世紀末映画の如く、暴走する車に後ろから追い回され、助手席から身を乗り出す男にエアガンで撃たれながらも必死に逃げまわり、幸いにも住み慣れた地域であり、地の利を得ていたので、ハンドル操作を誤った車が電柱に激しくぶつかる事で解決した。 衝撃で助手席から放り出され、地面に横たわる男の顔を覗き込むと、まだ高校生くらいの子だった。頭から着地したので、顔が半分潰れていたが、もう半分にはあどけなさが残っていた。 真っ直ぐ続く線路を歩きながら、昔観た映画を思い出し、主題歌を口ずさむ。 線路の横には大きな公園があり、ペグが打ち込まれたまま捨てられたテントが風を受けて音をたてている。 線路から腕に力を入れてホームによじ登り、改札をくぐり抜ける。本当は華麗に乗り越えたいところだが、ホームをよじ登った事で体力を消費した後なので、足をつっかえて転びそうだ。 階段を降り、バスロータリーを通り過ぎる途中にあるコンビニの前で4人の小学生くらいの子供が、うずくまる男を囲んでいる。 手には金属バットを持ち、交代で振り下ろしている。 鈍い音とともに、薄汚れた衣服を纏った男がうめき声をあげる。 コンビニの横に交番があるが、駐在している警察はいない。 いつもであれば、他人事で通り過ぎていたかもしれない。しかし、地球最後の日くらいは少しでも良い行いをすれば、神様も今までの過ちを酌量してくれるかも、という浅はかな考えがよぎる。 天国も地獄も信じてはいないが、せめて後味よく終わりたい。 子供達に向かって、止めるよう叫ぶ。 大きな声に一瞬怯むものの、こちらを向くと、新しいおもちゃでも見つけたかの様に目をギラギラさせ、バット片手に近づいて来る。 早々に親から育児放棄された子供達なのだろう。 外見で判断したくないが、身なりは人を表すともいう。 まだ、自立していない子供の身なりは親を表している。 やり場もなく、なだめてくれる親もいない、溢れ出る憤りをバットに乗せて、次の獲物に振り下ろそうとしてくるのは想定内だ。 鞄から拳銃を取り出し、リーダー格の子供に向ける。 突然向けられた拳銃に子供達は身を強張らせるが、銃刀法違反の法律がある日本で、拳銃を見る機会はまずない。 彼等は小声で話し合い、偽物だと判断したのだろう。 顔に余裕の薄ら笑いを浮かべ、ジリジリと近寄ってくる。 持ち上げ続けるには重いのか、アスファルトについた金属バットの先がカツカツと音を鳴らす。 銃口を向けたまま、片手で交番を指差し、その後自分を指差す。 唯一、日本で拳銃を持っている人は子供でもわかる。 子供達は指差す意味を理解すると、口々に悪態をついて、うずくまる男を最後に蹴り上げると、去って行った。 彼等にはおそらく帰る宛もないだろう。 不条理な環境に苛立ちを覚え、警察が所持する拳銃は5連発リボルバーで、向けられていた拳銃がセミオートマチックのエアガンであることも知らずに、短い人生を終えるのだ。 うめき声をあげながら、おぼつかない足取りでゆっくりと男は立ち上がる。 元から浮浪者だったのだろう、礼を述べることもなく、薄気味悪く吊り上げた口元から溢れる血を髭に滴らせながら、両手に持つ段ボールの切れ端をこちらに向ける。 『裁きは下される』 黒マジックで乱暴に書かれた文字を侮蔑の表情で一瞥し、職場へ向かう。 駅から近い土地に自社ビルを構える会社は、ここらでは一番高層のビルなので、上階からの見晴らしが良い。 入口には顔馴染みの初老の警備員がおり、社員全員の顔を覚えているのが自慢で、朝は元気に挨拶をくれるのだが、今日はいない。 ガラスの割られた自動ドアの枠を通り、階段でデスクのあるフロアへ昇る。 階を上がる毎に、フロアに人がいないか確認するが、地球最後の日に会社で過ごそうと考える人は、いないようだった。 会社自体、とうに機能していなかった。 経済の混乱に合わせて、徐々に無断欠勤する人が増えた。 最初に来なくなったのが、みんなから嫌われていた部長だったので、朗報だと同期と話していたが、次の日に同期が出社する事はなかった。 確かに、入社するなり早々と学生時代から付き合っていた彼女と結婚し、子宝にも恵まれた彼にしてみれば、残りの貴重な人生を会社で過ごす事など無意味でしかない。 誰もいない、活気のない職場で、自分の椅子に座る。 当然、やる事などないので、デスク周りを片付ける。 各フロアでは至る所に書類が散らばり、発狂した社員がFAXをコードごと引きちぎって壁に投げつけたりと、機械の破片やガラスが散乱しているが、自分のデスク周りだけは綺麗な状態を保っている。 隣の席は空いていて何も無く、自分のデスクは日頃から整理整頓を心掛けていた事もあるし、ここ最近は整理整頓しかやる事がなかった。 今更、片付ける必要性はないし、地球が消滅するので尚更、必要性はないのだが、こっちをあっちに、あっちをこっちにと移動させて時間を潰す。 満足のいくまで仕事をこなしてから、給湯室で注いだインスタントコーヒーを椅子に深く腰掛け、飲む。 家族に囲まれた同期からしたら、一分一秒でも長く欲しい貴重な時間なのに、なんて無駄な時間を過ごしているかと思われるかもしれない。 残りの決まった時間を無意味に潰すと言う事は、言い換えれば、誰よりも贅沢に過ごしているという事でもあるが、全てが無に帰る今、そこに時間の価値は存在するのだろうか。 コーヒーを飲みながら、自然と隣の席に視線がいく。 新入社員の後輩が元々使っていた席だ。 彼女は初出勤する前から、社内では可愛い子が入って来るとの噂で持ちきりだったが、まさか渦中の人物が自分の直属の後輩になるとは思ってもおらず、周囲の嫉妬からのやっかみが煩わしかった。 後輩は容姿端麗であり、横に座っているだけで、先輩という立場になった緊張とは、一味違う緊張が身体を駆け巡った。 誰に対しても物怖じしない性格をしており、後輩は新入社員とは思えないほど仕事ができ、1教えると10理解するので、先輩としては数ヶ月で教える事はなくなった。 そんな仕事が出来る後輩は悩んでいた。 悩みの種は部長からの度重なるセクハラだ。 時代錯誤のセクハラ行為は社内でも有名で、先輩として、何度も本人に認識を促したが自覚することなく。 後輩は悩んだ末に、人事課に直談判して部長の行為を訴えたが、会社の動きは悪かった。 一向に改善されない会社の姿勢に嫌気が差し、呼び止める間もなく、つらつらと書き上げた重みのある退職届を部長の顔に投げつけ、後輩は会社を辞めた。 それが一か月と数日前で、狭い視野から視ると、そこから世界の歯車が狂い始めた。小惑星接近の発表から地球が消滅する予定の今日まで、あっという間の出来事だった。 窓から夕陽が差し込んできたので、椅子を戻して、仕事を終える。 鞄から金槌を取り出し、片手に握り締めて階段を昇る。 息も絶え絶えに最後の階段に足をかけ、屋上へと繋がる扉の前で、自分の考えと同じ考えの人がいることがわかった。 施錠されているドアノブの鍵が粉々に砕かれ、床には鍵の残骸とバールが無造作に捨てられている。 足先でバールを壁隅に寄せ、金槌をいつでも振り下ろせるように片手で掲げ、扉に手を当てる。 重量感のある金属製の扉は力を入れて押すと、錆び付いた金具が擦れ合い、ギリギリと鳴らせながら開く、隙間から流れ込む風と一緒に音楽が聴こえる。聞き覚えのある、中学生時代に流行った曲だ。 太陽の沈む屋上には、寝そべっている後輩がいた。 頭の横にはラジカセが置かれ、空を見上げながら音楽を聴いている。 「先輩、奇遇ですね」 後輩は顔だけをこちらに向ける。 「こんなところで何をしているんだ?」 向けられる視線が顔から手に持つ金槌に移される。 「多分、同じ目的ですよ」 確かに、それもそうだ。 要らなくなった金槌を床に置く。 「御一緒してもいいか?」 「えー、最後は屋上独り占めしようと思ってたんですけど」 「その贅沢な考えは同じだな。退職した部外者にはビルから出て行ってもらおう」 「冗談ですよ。先輩なら歓迎です」 寝そべったまま、片手でポンポンと隣を叩く。 「懐かしい曲をかけてるな。でも、なんでラジカセなんだ?」 隣に腰をおろし、カセットテープから曲を流し続ける淡い水色の乾電池式ラジカセを見る。 「昔から好きな曲なんですよ。そして、ラジカセの方が風情があるからです」 頭の後ろで腕を組み、後輩にならって屋上に寝そべる。 「友達とカラオケでよく歌ったな、この曲」 「ここで歌ってもいいですよ」 「やめておくよ、恥ずかしいだろ」 「地球最後の日に恥ずかしいなんて、あるんですか?」 そう言うと、後輩は勝手に独りで歌い始めた。 うまいように乗せられている気もするが、合わせて思いっきり、薄暗くなる空に向かって二人でひとしきり歌った。 「先輩、友達に音痴って言われませんでした?」 「うるさい。歌うってのは上手いヘタじゃなくて、気持ちなんだよ」 「訂正します。先輩は地球最後の日でも恥ずかしむべきでした。謝ります」 「気持ちのこもっていない謝罪は受け取らない」 カセットテープが終わり、自動でキュルキュルと巻き上げている。 「こうやって見ると、月が2つあるみたいですね」 指差す先には、やがて地球に訪れる小惑星がある。 「そうだな」 一か月前にはどれが小惑星なのか、見分けがつかなかったが、今では夜空を見上げれば、一目瞭然だ。 雲のない空に2つの月が浮かんでいる。 「先輩、知ってますか?」 「何を?」 「その様子だと、知らなそうですね」 後輩は隣で得意げに含み笑いをもらす。 「人類最後の計画についてですよ。全世界にある核兵器を一斉に打ち上げて、小惑星を大気圏外で破壊する計画です」 「知らないな。そんな計画があったのか」 「『ピース計画』って言うんですよ。ダサいですよね」 「ネーミングセンスを疑うな」 「それで面白いのが、全世界には核兵器が1万5千発あるんですけど、国連が今までの経緯を全て不問にするって宣言した途端、2倍集まったんですって、某国もこの様な事態に備えて開発していたんだって、英雄気取りで提供したって話です」 「そんな計画があるなら、なんでもっと早くやらなかったんだ?」 「高度1万キロまでしか飛ばないので、ギリギリまで待って、近くなったら核ミサイルで一斉射撃ですよ。それでも、破壊された小惑星が隕石になって、地球は壊滅的みたいですけどね」 「それでも壊滅的か、人類に希望はあるのか?」 「1桁パーセントの確率で、若干、生き残るみたいです」 「それなら、希望は持てないな」 「悲観的ですね。生き残る気はないんですか?」 「人類の存亡を背負うのは、ちょっと荷が重いかな」 「先輩は仕事の教え方もヘタですもんね」 「なんとでも言え、これが最初で最後だからな」 「お心遣い感謝します」 久しぶりに、会話をした気がする。 いや、気のせいではない。 誰しも未来に陰りが見えてから、気ままに会話するという事はなくなった。ましてや、後輩と仕事以外でここまで会話することは今までなかった事であり、会社を去ってしまってからは、その機会は一生ないものだと思っていた。 地球最後の日。 この屋上に来なければ、もう会話する機会はなかった。 上半身を起こし、寝そべる後輩を見つめる。 「なあ、もし二人が生き残ったら」 「いいですよ」 後輩が真っ直ぐ見つめ返す。 「まだ何も言ってないけど」 「それでも、いいですよ」 後輩も上半身を起こし、同じ目線で瞳を見つめ合う。 「話しの続きは、私達が生き残ってからしましょう」 彼女はそれだけ言うと、黙って私の手を握った。 手のひらに彼女の温かさを感じながら、顔に熱が帯びる。 今が夜で良かった。そう思いながら、、、 夜空に浮かぶもう一つの月を見上げる。 視界に映るビルで覆われた地平線から、無数の弾道ミサイルが航跡雲を生み出し、1つの目標に向かって飛び立つ。 「先輩、イマ、この瞬間に人類が開発した最も強力な兵器が地球上から消えましたよ」 全てのミサイルが小惑星にぶつかると、夜空が強い光で一瞬照らされ、小惑星は音も無く砕け散り、無数の星となって地球に降り注いだ。
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