星の降る丘

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 そもそものきっかけは、学生時代、通っていたミスカトニック大学の付属図書館でバイトをした時のことだ。  図書館関連の不要な書類類を処分する仕事を命じられた私は、大昔の日誌の中にランファー博士なる人物の書いた業務日誌を見つけた。  あの〝狂想の20年代〟を迎える少し前、1910年代に図書館長をしていた人物だ。  茶色に日焼けし、ずいぶんと古惚けたノートに書かれたものだったので、特に必要のない個人の備忘録か何かだと思われたのだろう。  しかし、なんとなくパラパラと捲って中を見てみると、通常の日誌のようにその日の業務内容が簡潔に記してあるのではなく、まさに日記(・・)と呼んだ方がいいほどに、ランファー博士の個人的な経験談やそれに対しての考察が詳細に書き込まれている代物だった。  そこで、興味を覚えてしばらく中身を読み進めてみると、あまりにも奇想天外で、俄かには信じられないような事件を私は知ることとなったのである。  その事件というのは、付属図書館の書庫奥深くに貸出禁止の稀少書として保管されている、『ネクロノミコン』と題された一冊の本にまつわるものだった。  『ネクロノミコン』は紀元730年頃に〝狂える詩人〟と呼ばれたイエメン人アブドゥル・アルハザードなる人物によって書かれた『アル・アジフ』という原典を、後年、ギリシア語に訳したいわゆる魔導書(グリモワー)の類に属するものであり、他にもラテン語版やスペイン語版、不完全な英語版などもあり、世界的に見てもごく少数の著名な図書館のみに所蔵されているのだが、どういう経緯によるものか、ここの図書館にはそのほとんどが揃っているらしい……。  その内容はというと、著者のアブドゥルがバビロニアの古代遺跡やメンフィスの地下洞窟、アラビアの砂漠などを放浪して得た、人類よりも古い種族や〝旧支配者〟と呼ばれる宇宙の彼方からやって来た古い神々についての知識が記されている…という、普通に聞けばエキセントリック極まりないトンデモ本である。  無論、当時の私も一般的な常識に照らし合わせ、頭のいかれた人間が書いたものと鼻で笑って信じる気にもならなかったのだが、ランファー博士が館長を務めていた時期に、その『ネクロノミコン』の窃盗事件が起きたようなのだ。  盗んだ人物の名はエイモス・タトルといい、ミスカトニック川に並走して通るアイルズベリィ街道沿いに住む資産家で、精巧な『ネクロノミコン』のレプリカを作ると、その偽物とすり替えて盗み出したらしい。  なぜ、タトル氏がそのようなことをしたかといえば、世界中の奇書を集めていた彼もアブドゥル・アルハザードのように旧支配者のことを知り、その中の一柱・〝名状しがたき者〟の異名を持つハスターとの契約を結ぶと、密かにその召喚を試みていたからのようだ。
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