星の降る丘

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 普通なら、それじゃあ仕方ないな…と、ここで諦めてしまうものだろう……しかし、この奇書と〝旧支配者〟という存在に対して言いようのない魅力を感じていた私は、司書の資格を取ると大学卒業後に付属図書館の臨時職員として就職し、やがて正規の職員に昇格すると、ついに閲覧禁止の稀少本書庫へもアクセスできる立場を手に入れたのである。  そして、先達のエイモス・タトルとは違って正攻法で…といっても他の職員には知られないようにこっそりと、私は念願の『ネクロノミコン』をじっくり熟読するに至った。  いや、『ネクロノミコン』だけではない。他にも『ルルイエ異本』や、ポール・タトルの寄贈したエイモスの蔵書も見たい放題だった。  もちろん、最初の内は妄想に取り憑かれた者達の奇妙な思想体系として見ていたのであるが、そうして数々の禁断の書物を読み進める内に、いつしか私も〝旧支配者〟や、彼らの眷属たる古い種族、異形の生物達の実在を信じるようになっていった。  中でも妙に心惹かれたのが、やはり最初に知ったからなのか旧支配者〝ハスター〟と、その眷属だといわれる星間宇宙に棲まう有翼生物〝バイアクヘー〟あるいは〝ビヤーキー〟と発音される者達である。  これもエイモスの蔵書から得た知識なのだが、〝バイアクヘー〟は体長が2.3mほどの蟻のような姿をしており、だが皮膚と目は人間に似て、耳と口は爬虫類、触角はなく、肩と尻の付根に鋭い鉤爪のある脚が左右それぞれ2本ずつ生えているらしい。  また、尻には磁気を操る器官〝フーン〟があり、飛行にはこれを使って、蝙蝠のような翼は方向転換のためだけのもののようだ。  その飛行速度は大気圏内で時速70km、気圧のない宇宙空間では光速の10分の1のスピードが出せる。  さらには〝カイム〟という空間を作り出すと、その空間内限定で光速の400倍程度の超高速飛行が可能のようであるが、それをやると激しい空腹に見舞われるため、そう簡単にはできないらしい。  また、その外見とは裏腹に高い知能を持ち、仲間同士では独自の言語を用いるが人語も理解できるようだ。  そのためか人間に懐くこともあるみたいで、古くはかのアーサー王の円卓の騎士の一人、ダゴニット卿がフランスを訪れた折、バイアクヘーを駆って空を舞うトリスタン卿と出会い、彼から与えられたバイアクヘーを〝翼ある貴婦人〟と名付けて可愛いがったという伝承もある。  その伝承でも語られる通り、バイアクヘーは人間を乗せて飛行してくれることもあり、魂だけを連れて宇宙空間へ行くことも可能なようだ。
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