魔法の時間はもうおしまい

1/1
18人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ

魔法の時間はもうおしまい

 三日間だけ、僕は魔法使い達の国へ旅行した。  本当は、階段から落ちた僕が三日間目覚めなくて、その間に見た夢のお話しなのだけど、とってもリアルで、とても夢なんて思えなかったんだ。  僕のファーストキスは、魔法使いのお兄さんに奪われた。  夢だけどね。      魔法使いの国は、ヨーロッパの田舎町みたいで、石造りの建物がカラフルで、石畳の道が広くて綺麗なところだった。  気付いたら僕は、いきなり裸で、空から落ちてる最中だった。  わーって大声出して叫んだ。  助けてーって、そしたら、ふわんと落下が止まって、体が浮いたんだ。    地面から2メートルほどの高さで、裸の僕が浮いてると、何人かのローブを着た人達が集まってきた。  そのうちの1人が、バチってウィンクしてきた。  黒いローブを着たお兄さんが小さく何か呟くと、僕の体にふわっと白い布がかかって、僕はお兄さんの腕で横抱きにされていた。 「こんにちは」    お兄さんの声は音楽みたいな不思議な響きがした。耳に心地よくて、僕はもっと聞きたくなった。 「僕は斗音、お兄さんのお名前は?」  お兄さんは目を眇めて微笑んだ。 「こんなに物怖じしない落ち人さんは初めてだよ。僕はローって呼ばれてる」  周りの人達が、ワイワイと何か言ってた。   「落ち人って何?」  ローは周りの人達に、お辞儀をして、僕を抱えたまま歩き出した。  疑問に答えてくれたのは、小さな黄色い家に着いてからだった。 「君は魔法使いじゃないでしょ?魔法使いじゃない人のことを落ち人って言うんだよ」  僕はどうやら魔法使いの国に来てしまったようだ。   「どんな魔法が使えるの?」  単純な疑問に、ローは困ったように苦笑した。 「魔法使いにどんな魔法が使えるかを聞くのは、禁句なんだ」 「僕を助けてくれたのはローでしょ?魔法で助けてくれたんだよね?」 「基本の魔法は皆が使えるからね」  黒いローブを脱いだローは、銀髪に褐色の肌で、翡翠の瞳の綺麗な人だった。  僕はローを好きになってしまった。  単純?ミーハー?  それでもいいよ。イケメンは正義だ。  一つしかない椅子に座った僕に、ローは白いシャツと黒いハーフパンツみたいなものを渡してくれた。   「トーン? 君はどこから落ちてきたの? 」 「日本って分かる? 僕はそこに住んでるんだけど、なんで此処に来たのか、全然分からないや」 「そう。ニホンも、聞いたことのない場所だ。ちゃんと帰れるように考えるから、暫く此処にいてね」  うんと頷いた。  ローは優しい。不思議だった。   「なんで優しくしてくれるの? 」  暖かいお茶を受け取って、甘いクッキーみたいなお菓子をかじった僕は、どうしても疑問だった。  こんな得体の知れない人間に優しくする意味って何だろう?  魔法の実験材料にされちゃうの?  でも帰れるようにしてくれるって言ったし。それはないかな。   「落ち人はね、幸せを運んでくれるんだ」 「幸せ?」 「そう。何故か昔からそう言われてるの。だからこの国では、皆、落ち人に優しくする。僕が特別じゃないよ」  そうなんだ。と思ったけど、僕が幸せを運ぶっていうのは、よく分からない。  だって僕は落ちこぼれだから。要らない人間なんだもの。    その夜は早くに眠った。  この家には、ローが1人で暮らしてる。椅子も机も一つきり。もちろんベッドも。  狭いベッドで2人でくっついて寝た。  誰かと一緒に寝るのは、とっても久しぶりだった。弟が生まれてからは、初めてかもしれない。  なんだか擽ったくて、それから、ちょっとドキドキした。    魔法使いの国は、全部魔法で動いてるので、僕は水一つ、自分で飲むことが出来なかった。  蛇口なんかないのだもの。  ローは役立たずの僕に呆れることなく、甲斐甲斐しくお世話してくれた。  食べ物は、不思議な色のパンと変な形の果物。  味は普通だった。給食のコッペパンとデザートのリンゴみたいな味。    変なの。  言葉は通じるし、食べ物の味だって普通なのに、日本でも地球でもないなんて。  ここは何処なんだろう。 「落ち人の中には、狭間の世界って呼ぶ人がいるよ。僕たちは、魔法使いの国と言ってるけどね」 「落ち人に魔法が使えないのは何で?」 「魔法使いの国の住人じゃないからだよ」   「どうやったら魔法使いの国の住人になれるの?」  その問いには、ローは寂しそうに笑って、首を横に振った。  僕はがっかりした。  僕に魔法が使えたら、ローの役に立って、要らない人間じゃなくなるかもしれないのに。好きな人の役に立てないなんて、やっぱり僕は落ちこぼれなんだ。       落ち込んだ僕を、ローは外へ連れ出してくれた。  街の人は皆がローブ姿だった。  皆、いろんな色のローブを着ているけど、黒いローブを着てるのはローだけだった。  言葉は通じる人もいれば、通じない人もいた。  露天で、ビー玉みたいな飴玉を買って貰った。  見知らぬ街の散策は楽しかった。   「ローは何で黒いローブを着ているの?」 「それはまだ秘密。トーンが帰る時に教えてあげるよ」  帰らなければいけない。嫌だけど、ローに迷惑かけてばかりじゃ、此処にはいられないもの。  僕は泣き出してしまった。 「帰りたくないよー」  ローにしがみついたら、ローは優しく頭を撫でてくれた。 「トーンは僕が好き? 僕はトーンが好きだよ」  ローはいつまでも泣き止まない僕を、宥めるようにそう言ってくれた。  誰かに好きだと言われたのは、初めてだった。  こんなに優しくして貰ったのも、初めてだった。  ますます泣き止めなくなってしまう。僕はそのまま、泣き疲れて眠ってしまった。    翌朝、ローは僕に言った。帰る方法が分かったよって。  目を腫らしたままの僕は、また泣きそうになったけど、我慢した。  これ以上、ローを困らせることは出来ない。 「ありがとう。君に逢えて幸せだったよ。トーン、大好き」  そう言って、そっと、僕の唇にキスしてくれた。  僕の夢はそこまで。    3日振りに目覚めた僕に、ちょっとだけ母が優しくなった。僕を階段から突き落としたいじめっ子が、気まずそうに謝ってきた。  僕は変わらない。相変わらず、空気の読めない落ちこぼれだ。  でも、ローの唇の感触だけは、一生忘れない。  さようなら、僕の初恋。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!