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魔法の時間はもうおしまい
三日間だけ、僕は魔法使い達の国へ旅行した。
本当は、階段から落ちた僕が三日間目覚めなくて、その間に見た夢のお話しなのだけど、とってもリアルで、とても夢なんて思えなかったんだ。
僕のファーストキスは、魔法使いのお兄さんに奪われた。
夢だけどね。
魔法使いの国は、ヨーロッパの田舎町みたいで、石造りの建物がカラフルで、石畳の道が広くて綺麗なところだった。
気付いたら僕は、いきなり裸で、空から落ちてる最中だった。
わーって大声出して叫んだ。
助けてーって、そしたら、ふわんと落下が止まって、体が浮いたんだ。
地面から2メートルほどの高さで、裸の僕が浮いてると、何人かのローブを着た人達が集まってきた。
そのうちの1人が、バチってウィンクしてきた。
黒いローブを着たお兄さんが小さく何か呟くと、僕の体にふわっと白い布がかかって、僕はお兄さんの腕で横抱きにされていた。
「こんにちは」
お兄さんの声は音楽みたいな不思議な響きがした。耳に心地よくて、僕はもっと聞きたくなった。
「僕は斗音、お兄さんのお名前は?」
お兄さんは目を眇めて微笑んだ。
「こんなに物怖じしない落ち人さんは初めてだよ。僕はローって呼ばれてる」
周りの人達が、ワイワイと何か言ってた。
「落ち人って何?」
ローは周りの人達に、お辞儀をして、僕を抱えたまま歩き出した。
疑問に答えてくれたのは、小さな黄色い家に着いてからだった。
「君は魔法使いじゃないでしょ?魔法使いじゃない人のことを落ち人って言うんだよ」
僕はどうやら魔法使いの国に来てしまったようだ。
「どんな魔法が使えるの?」
単純な疑問に、ローは困ったように苦笑した。
「魔法使いにどんな魔法が使えるかを聞くのは、禁句なんだ」
「僕を助けてくれたのはローでしょ?魔法で助けてくれたんだよね?」
「基本の魔法は皆が使えるからね」
黒いローブを脱いだローは、銀髪に褐色の肌で、翡翠の瞳の綺麗な人だった。
僕はローを好きになってしまった。
単純?ミーハー?
それでもいいよ。イケメンは正義だ。
一つしかない椅子に座った僕に、ローは白いシャツと黒いハーフパンツみたいなものを渡してくれた。
「トーン? 君はどこから落ちてきたの? 」
「日本って分かる? 僕はそこに住んでるんだけど、なんで此処に来たのか、全然分からないや」
「そう。ニホンも、聞いたことのない場所だ。ちゃんと帰れるように考えるから、暫く此処にいてね」
うんと頷いた。
ローは優しい。不思議だった。
「なんで優しくしてくれるの? 」
暖かいお茶を受け取って、甘いクッキーみたいなお菓子をかじった僕は、どうしても疑問だった。
こんな得体の知れない人間に優しくする意味って何だろう?
魔法の実験材料にされちゃうの?
でも帰れるようにしてくれるって言ったし。それはないかな。
「落ち人はね、幸せを運んでくれるんだ」
「幸せ?」
「そう。何故か昔からそう言われてるの。だからこの国では、皆、落ち人に優しくする。僕が特別じゃないよ」
そうなんだ。と思ったけど、僕が幸せを運ぶっていうのは、よく分からない。
だって僕は落ちこぼれだから。要らない人間なんだもの。
その夜は早くに眠った。
この家には、ローが1人で暮らしてる。椅子も机も一つきり。もちろんベッドも。
狭いベッドで2人でくっついて寝た。
誰かと一緒に寝るのは、とっても久しぶりだった。弟が生まれてからは、初めてかもしれない。
なんだか擽ったくて、それから、ちょっとドキドキした。
魔法使いの国は、全部魔法で動いてるので、僕は水一つ、自分で飲むことが出来なかった。
蛇口なんかないのだもの。
ローは役立たずの僕に呆れることなく、甲斐甲斐しくお世話してくれた。
食べ物は、不思議な色のパンと変な形の果物。
味は普通だった。給食のコッペパンとデザートのリンゴみたいな味。
変なの。
言葉は通じるし、食べ物の味だって普通なのに、日本でも地球でもないなんて。
ここは何処なんだろう。
「落ち人の中には、狭間の世界って呼ぶ人がいるよ。僕たちは、魔法使いの国と言ってるけどね」
「落ち人に魔法が使えないのは何で?」
「魔法使いの国の住人じゃないからだよ」
「どうやったら魔法使いの国の住人になれるの?」
その問いには、ローは寂しそうに笑って、首を横に振った。
僕はがっかりした。
僕に魔法が使えたら、ローの役に立って、要らない人間じゃなくなるかもしれないのに。好きな人の役に立てないなんて、やっぱり僕は落ちこぼれなんだ。
落ち込んだ僕を、ローは外へ連れ出してくれた。
街の人は皆がローブ姿だった。
皆、いろんな色のローブを着ているけど、黒いローブを着てるのはローだけだった。
言葉は通じる人もいれば、通じない人もいた。
露天で、ビー玉みたいな飴玉を買って貰った。
見知らぬ街の散策は楽しかった。
「ローは何で黒いローブを着ているの?」
「それはまだ秘密。トーンが帰る時に教えてあげるよ」
帰らなければいけない。嫌だけど、ローに迷惑かけてばかりじゃ、此処にはいられないもの。
僕は泣き出してしまった。
「帰りたくないよー」
ローにしがみついたら、ローは優しく頭を撫でてくれた。
「トーンは僕が好き? 僕はトーンが好きだよ」
ローはいつまでも泣き止まない僕を、宥めるようにそう言ってくれた。
誰かに好きだと言われたのは、初めてだった。
こんなに優しくして貰ったのも、初めてだった。
ますます泣き止めなくなってしまう。僕はそのまま、泣き疲れて眠ってしまった。
翌朝、ローは僕に言った。帰る方法が分かったよって。
目を腫らしたままの僕は、また泣きそうになったけど、我慢した。
これ以上、ローを困らせることは出来ない。
「ありがとう。君に逢えて幸せだったよ。トーン、大好き」
そう言って、そっと、僕の唇にキスしてくれた。
僕の夢はそこまで。
3日振りに目覚めた僕に、ちょっとだけ母が優しくなった。僕を階段から突き落としたいじめっ子が、気まずそうに謝ってきた。
僕は変わらない。相変わらず、空気の読めない落ちこぼれだ。
でも、ローの唇の感触だけは、一生忘れない。
さようなら、僕の初恋。
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