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身代わりのお仕事
「う……」
頭が痛い。腰から足先が痺れるような気がする。気分は最悪。
どうしてこんなに身体が痛いのだろう。ちゃんとお布団で寝なかったとか?
ぼんやりした意識で瞼を上げると、そこはひどく薄暗かった。
自分はいつアパートに戻ったのだろう。
さっきまであんなに日が照っていたのに、もう夜になってしまった?
はっきりしない記憶は、けれど段々と鮮明になってくる。
「っ!」
そうだ、あやめお嬢様にお使いを頼まれて。それを終えて店を出た瞬間に、誰かに襲われたのだった。
「いったぁ……」
寝心地が悪いのもそのはず。コンクリートの床に手足を縛られた上で転がされているのだから。
「お、どうやらお嬢様のお目覚めらしいぜ」
「さて、自分の状況が分かってるかどうか」
どこかの廃工場とかだろうか。ガラガラの空間に、時折何に使うのか分からない錆びた機材が転がっている。正面の大きなシャッターは降りていて、けれどそこから微かに漏れる光を見ると、まだ日は沈んでいないようだった。
埃っぽくて、それからとてつもなく熱い。
顔を上げると、複数人の男が少し離れたところからこちらを見ていた。彼らも熱そうではあるが、申し訳程度に扇風機が二台ほど回っているので、こっちよりはマシな状況に思える。
「お、さすが時任のとこの娘だぜ。反抗的な目をしやがる」
何をされるのか、何が目的なのか、男達がどこに手のものなのか。何も分からない。
恐怖に飲み込まれそうになる直前で、それを何とか押さえ込もうとぎゅっと唾を飲み込んだら、その表情が反抗的なものに見えたらしい。
でも、都合がいい。その方がいい。きっと時任あやめはこんな時でも怯えて震え上がったりしない。毅然としているはず。私は、だから、そうあらねばならない。
「アンタ達」
出した声は震えていなかった。私も随分女優になったものだ。
「どういうつもりでこんなこと仕出かしてるの。時任あやめに手を出して、タダで済むと思ってる訳じゃないわよね?」
何とか身体を捩って、上半身を起こす。貸してもらった服は土や埃ですっかり汚れていた。白と水色だから余計に汚れが目立つ。
自分のものじゃないから罪悪感が大きかった。多分、ブランドもののお高い服なのに。
「威勢だけはいいな」
危機的状況に、価値観が麻痺しているらしい。自分の命や身の安全よりも、借り受けた服の状態の方が気になるなんて。
「だが、こんな状況で何ができると? 挑発してる暇があるなら大人しくしとけよ。それとも命乞いでもしてみるか?」
男達が寄って来る。一人がパンツのポケットからナイフを取り出して、これ見よがしに私の頬をぺちぺちと叩いた。
「あぁ、それとも俺達を愉しませてみるか?」
「そりゃいい」
「こんな茹で窯みたいなところで見張りだけしてるなんて、えらく退屈なんだよ」
「ちょっとくらいイイ思いをしたってなぁ?」
下品な笑いが反響する。
自分の身の守り方が分からない。
縛られているから逃げる事なんてできない。力で叶う相手でもない。手を出されたら終わりだ。
ゾッとする気持ちを必死に押し殺しながら、相手を牽制できないものかと必死に考える。
「……私をどうこうできても、その後が怖いわよ。無事でいられるなんて思わないことね。組の男共が地獄の果てまで追って来るわよ」
時任組はそう小さな組ではない。抱える下部団体もそれなりにある。シマも広いのだ。総力を上げれば、結構な規模の抗争になるはずだ。男達の所属する組織は、それに勝つ算段を立てられるほどのものなのだろうか。
ここの男達はまだ誰も私が偽物だなんて気付いていない。そんなこと、考えもしないだろう。
だから、時任あやめが持つ影響力を示すことで押し留められたらと思ったけれど。
「生意気ばっか言いやがって」
どうやら短絡的な馬鹿ばっかりの集団みたいだった。
これは戦法を間違った、と襟首を掴まれながら後悔をしたその瞬間。
「おいやめろ」
また別の声が場に響いた。
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