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謀る
超特急で化粧を落として、次は時任あやめに化けて行く。借りたシフォン素材のブラウスに、淡い水色のスカート。何と足のサイズまで同じなので、白のミュールを借りていくことになった。
準備を済ませて、組の男達が出入りする部屋に顔を覗かせる。もちろん、先ほど指摘された跡は念入りにコンシーラーを重ね誤魔化した。
「お嬢」
一人の男がこちらに気付いて寄って来る。
「耀司は」
「事務所の方に顔出すって、一時間ほど前に出て行きましたが」
間近で会話を続けても、気付く様子はない。自分の擬態の完璧さに胸を張るべきか、男の観察眼のなさに危機感を覚えるべきか、ちょっと微妙なところだ。
「お嬢、どこかへお出かけで?」
まぁ、バレてないのならそれが良い。
敵の目を欺くにはまず味方から。どんな相手にも時任あやめを完璧に演じてみせなくては。
「駅前の喫茶店で、人に会う用事がちょっとね」
「俺がお供しやしょうか。車を出せばすぐだ」
「一人でも――――」
断りかけて、途中で考えを改める。
「ううん、そうね、頼むわ」
駅前まではそう遠くない。一本道を出ればバスだって出てる。
でも、一人で外をうろつくのは危ないかもしれない。
それにこの夏の盛りだ。熱い中を歩くには、ちょっと気力が足りていないような気もする。
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