完璧な擬態

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完璧な擬態

「えぇ、それでは宜しくお願いします」  頼まれたおつかいは実に簡単なものだった。教えられた喫茶店で待っていれば、すぐに相手は来た。  例の封筒を渡すだけ。相手から受け取るものは何もない。  やってきた男と接触した時間は、二分にも満たなかったのではないだろうか。 「…………帰ったら、また化粧し直さないといけないのか」  倉橋涼子になり切るには、ちょっと手間がかかる。  面倒だな、と思いつつも汗を掻いたグラスを取り、アイスコーヒーを煽った。黒に近い濃茶の液体。あやめお嬢様はミルクは入れない派だ。けれどガムシロップはいつも使う。だからにがーい液体を飲む羽目にはならない。  マイルドさはちょっと足りないけれど、十分に甘い液体を一気に喉に流して席を立つ。  店の外では送ってくれた男が待機してくれている。あまり待たせるのも悪い。 「四百八十円になります」  お会計を済ませて、ありがとうございましたの言葉に送り出されながら、熱い日差しの元に戻る。  そこまで、何の異変も感じていなかった。  けれど。 「っぁ!?」  店を出たその瞬間、いきなり身体が強い力で引っ張られた。  腰に回った腕、的確に口を抑え込んだ手。そうして、ビルとビルの隙間に引き込まれる。  引き込まれればそこはもう人の目のない別世界だった。すぐそこに、手を伸ばせば届きそうなところにいつもと変わらぬ雑踏があるのに、恐ろしく遠く隔たれているような。 「な、にを、んぐぅ!」  見知らぬ男の顔が一瞬視界に映る。けれど、それだけ。  次の瞬間には強い刺激が脇腹から全身に突き抜けるように走り、意識は暗転していた。
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