はじめから、偽物だった

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はじめから、偽物だった

 暑さに意識が朦朧としてくる。もちろん水なんて与えてもらえないので、脱水症状を起こし始めていることは自覚できていた。  どれくらい時間が経ったのかは分からない。焦る気持ちはもうこんなに待っているのに、と訴えかける。  そう、まだ誰も助けに来ない。争うような音はどこからも聞こえない。  私、捨て駒にされたのかも。  今回の“時任あやめ”はここまで。ここで身代わりになって、その役目を終えるのかもしれない。  白川、と呼ばれた男は、まだ同じ空間にいた。  男が痺れを切らしていないところを見ると、もしかするとそれほど時間は経っていないのかもしれない。そんな淡い気持ちが生まれる。 「……ふふ、馬鹿みたい」  聞き咎められないように、ほとんど音には乗せずそう呟く。  馬鹿みたい。助けてもらえるとか思うなんて。  弱った心がそうさせるのか、単に私の頭が冴えているのか。  与えられた情報と今までの事実がどんどんと結び付けられていく。  耀司は時任あやめをとても可愛がっていた。  あやめも、耀司にとても懐いていた。  二人は昔からずっとべっとりだった。  つまり、耀司にとってあやめは本当に大切な大切なお嬢さんだったのだろう。  ううん、お嬢さんという意味合い以上に、特別な感情を抱いていたのかもしれない。  私は身代わり。今までのどの子よりもあやめに似た、でも非なる何か。  耀司はすぐに私に自分の名前を呼び捨てにさせた。敬語だってやめさせた。めんどくさいから、違和感があるからと言われたけど、本当だろうか。  いや、違和感があったのは本当かも。 「だって私、そっくりだから」  あやめと同じ顔で、丁寧に接せられたらそれはしっくりこなかっただろう。でもきっと、理由はそれだけじゃない。 「私を、仕立てあげないといけなかったから」  完璧に、時任あやめの身代わりに仕立てないといけなかったから。  だから耀司は呼び捨てもため口も必要なものとして、私に強いた。  それから、"大きくなっても未だ自分にべったりなあやめ"を作り上げるために、私を使った。  よく考えたらおかしいのだ。あやめの格好のしたままの私を、そのままアパートまで連れ帰ったり、その格好で朝から一緒に並んで出たり。  耀司は色々なところから目を付けられていると言う。自分の動向があちこちから気にされていることを、当然自覚していただろう。  ならば、自分の私生活にもっと頓着するべきなのだ。  なのにむしろその反対を行くように、お嬢に扮した私を自分の隣りに置いて、みせびらかしていた。 「本人がちゃんと言ってたじゃない……」  それでなくとも派手な見た目なのに、何故加えて関西弁を直さないのかと訊いた私に、耀司はちゃんと答えていた。 “よぉ目立つやろ? 佐山耀司がどこで何やってるか、見せてやってんねん”  耀司は自らを囮にしていた。  隣に、偽物のあやめを連れて。  狙うんならこっちにしぃと、そう言わんばかりに。 「なぁんだ、目立つってそういうことか……」
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