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分かっていたことだったのに。
全部全部、あやめのためだったのだ。きっとそうなのだ。
あやめを守るために、私を利用していたのだ。本当にそっくりな私を。
「…………」
胸が痛い。こんなカラクリ、気付きたくなかった。
耀司が意外なくらい私の世話を焼いて、優しくしてみせたのも、そこのお嬢の影を重ねていたからかもしれない。
私を、あんなに執拗に抱いてみせたのだって。
「…………ひどい」
あんなに名前を呼んでみせたクセに。
私の、ほんの少し残された柔らかいところに好きなだけ素手で触れたクセに。
でも、本当は心の中では別の名前を呼んでいたんでしょう?
私じゃなくて、あやめを抱いていたんでしょう?
それに気付いてしまうと、もう自分の中の痛みを誤魔化せそうになかった。
こんなはずじゃなかったのに。もっと自分を騙せそうな別の理由で、耀司に捨てられるはずだったのに。
自分がここまで徹底的に身代わりでしかなかったなんて、名前を呼ばれていてもその実別の誰かに見立てられていたなんて、そんな悲惨で無様な理由、ほしくなかった。
「だけど」
恨み言を言っても仕方がない。言える立場じゃない。
元々条件付きだった。私は借金をチャラにしてもらう代わりに、時任あやめの身代わりになることを承知したのだ。これはただの契約なのだ。
耀司と私はまかり間違っても恋人関係なんかにない。対等なんかじゃないのだ。
耀司のすること、言うことに、私は逆らえない。諾とする以外はない。
初めから、分かっていたことじゃない。いつかきっとひどい終わりが待ってるって、ちゃんと分かっていたじゃない。
耀司は来ない。だって私は耀司の大切なお嬢ではないから。仕方がない。
ここで、終わり。
胸はひどく痛むけれど、でもあの時借金取り達にどこぞへ売り飛ばされて人生終わるよりは、まだマシだとそう自分に言い聞かせる。
最悪の結末だけれど、その過程の全てが悪かった訳じゃない。誰かの身代わりだったかもしれないけれど、私はもらった口付けを、与えられた激しい熱を、教えられた悦びを憎むことができない。悲しいけれど、愛おしい。
ただの依存だったかもしれないけれど、耀司に寄せたこの心の動きを忘れない。
何もない人生ではなかった。
そう、切ないことも苦しいこともあったかもしれないけれど、それだけじゃない。それだけが全てじゃない。
「来ねぇなぁ」
離れたところで、パイプ椅子に腰変えていた白川が立ち上がった。
「やっぱり外れの方だったか」
何本目になるか分からないタバコを踏み潰す。
朦朧とする意識の端で、諦めが囁く。
人間には、それぞれ見合った領分というものがある。
身の丈に合わないものを欲しがったってしょうがない。
私にあの男の心は手に入れられない。助けにだって来てもらえない。
胸が張り裂けそうだけど、認めなきゃ。
私は、何の力も魅力も持たない、ただの小娘だ。
だからきっと、こういう最期がお似合いなのだ。
「あぁ、面倒くせぇ」
溜め息混じりに白川がこちらに向けて歩み出したその時。
「!?」
ダアァン! と閉ざされたシャッターがけたたましい音を立てた。
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