きっと、気付いていない

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きっと、気付いていない

「なんだぁ?」  大きな音に続く、呻き声。 「――――まさか、佐山か」  まさか、と私も思った。来るはずがない。何のために来るのだ、と。  けれど、しばらく鈍い音が続いたと思ったら、閉ざされていたシャッターがキィキィと鳴り、そのうちに抉じ開けられた。 「当たりだったのか」  意外そうに、白川が言う。 「お嬢!」  嘘でしょ。  反響するその呼び声に、否定が浮かんだ。  嘘、そんなはずない。だって私は本物じゃないのに。  けれど、派手な金髪、セピアのグラサン、妙に耳に残る関西弁、視界に捉えたのは間違いなく耀司で。 「白川ぁ、お前よぉもこんなふざけた真似してくれたなぁ」  それとも、これは朦朧とした意識が見せるただの幻覚だろうか。 「よっぱど死に急いでるんやな、覚悟はできてると見た」  けれど、うだるような夏の暑さの中をひやりと突き刺すように進んで来る底知れぬ怒気を孕んだ声は、幻の類にしてはあまりにこの肌に突き刺さる。 「佐山、お前よくここまで来たな」  白川の声は、少し強張っているようにも思えた。 「数でどうこうしようなんて、考えが浅いんや。雑兵はどこまで言っても雑兵でしかあらへんやろ。どうせならもう少しマシなん寄越せや、アホ」  嘲りを存分に含んだ、相手をコケにする台詞。 「お前と議論する気はないねん。お嬢は返してもらう、お前は地獄行きや」  あぁ、耀司はきっと気付いてないんだな、勘違いしてるんだな。  きっと、私のことを本物だと思ってるのだ。  車を出してくれた時任組の男は、私を完全に本物のお嬢だと思っていた。彼が攫われた私について騒いだのなら、本物が誘拐されたと伝え広められたことだろう。  部屋に引っ込んだ本物の彼女が出てきていないのか、正確な情報が伝わる前に耀司が飛び出して行ったのか。  何にしろ、勘違いだ。  私の正体に気付いたら、きっと無駄なことをしたとがっかりする。  薄れていく意識の中で、そんな風に思った。
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