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分かっていたクセに
「お嬢、お嬢」
ぺちぺちと頬に振動が走る。
「お嬢、オレが分かるか」
「…………よーじ」
重い瞼を渋々開けて、視界いっぱになるほどの距離で顔を覗き込んで来るその人間の名前を呼ぶ。
「ん、ちゃんと分かってんな」
身体の中には妙に熱が籠っているような、だるさや気分悪さが混在した何とも言えない心地が充満していた。
けれどそれを鎮めるように、あちこちが冷たい。
「おい、飲みもん、追加で買うて来い。おんなじヤツやぞ」
耀司の声がして、そうしたら野太い声と遠ざかる足音が続いた。耀司の他にも誰かいたらしい。
冷たいのは、おでこには多分冷却シート、脇や太腿には何だろう、凍らせたペットボトルだろうか、そういうものが宛がわれているからだ。
どうやらあの場から助け出されて、今は介抱されているらしい。ちろりと視線を動かせば、ここが車内だということは知れた。冷房はガンガンにかけられている。
「気分悪いか、吐きそうか?」
あの後どうなったのだろう。耀司がここでピンピンしながら声をかけてきているということは、軍配は時任勢に上がったのだろう。
どこの手の者かは知らないけれど、白川達はどうなったのか。決着の付け方は怖いので、知りたくないと思った。
「なぁ、しの、飲み」
後部座席で上半身を抱え起こされて、ペットボトルを口許に宛がわれる。経口補水液だ。
飲まなくては、ならないのだろう。
けれど向けられた声に身体が強張って、注がれたものを盛大に零してしまう。口の端から、顎を伝って喉を、鎖骨をべたりと冷たい液体が流れて行く。
「しの?」
分かって、いるじゃない。
私が、あなたのお嬢じゃないって。しのだって、分かってるじゃない。
「…………どうして」
「あ?」
なのに、どうしてこんなに甲斐甲斐しく世話を焼いているの。どうして。
「どうして、助けにきたの……」
まだ、私には利用価値があると、そう言うこと?
どうして、と訊いておいて、けれどその実答えを知りたい訳ではなかった。
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