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分かっていても、やめられない
自分のことを不運で馬鹿な女だと思う。すごく思う。
親に借金を背負わされて、それを返す術もなく、言われるがままにヤクザ者の口車に乗って、他人を騙り日々を過ごす。
楡木しのなんてもうどこにもいない生き方しかできないのに、それでも毎日必死に自分を生かし続ける。
時に身代わりをしているその人のために危ない目に遭いながら、男に住むところを世話してもらい、そうして情婦みたいな真似までして。
「しの、気持ちえぇか」
「やぁ……っ」
裾を捲し上げられたと思ったら、あっという間に服をひん剥かれていた。短パンとショーツも一緒くたに引き下ろされる。
私の身体を耀司は好きにする。
初めて手を出された時、私は拒まなかった。拒めなかった。そんなことをできる立場にないと思っていたから。
でもそれだけじゃない。この男以外に縋るものを知らなかったから。縋りたかったから。だから全部成り行きに任せた。
耀司が私を抱くのは、多分ただの発散だ。そういう気分になったら、いつでも手を出せる女がそこにいるというだけ。他にも私みたいな人が何人もいるかもしれない。いても全然おかしくない。
「あ、あ……」
でも、そんなの関係ない。私はもう、何も知らない娘ではない。耀司がこうして触れている間は、他の誰でもなく私が"耀司の女"だから。
すっかりと堕ちてしまった。耀司の与える快楽の前に、私はどんな抵抗もしない。できない。
「しの、手ぇどけ。隠すな」
言われたことには従う。どんなに恥ずかしくても、その通りにする。
何故?
そこには矛盾した想いがある。
嫌われたくないから。嫌われる理由が要るから。
いつもいつも、私は耀司には逆らわない。求められれば応える、従う。
面白味のない女だと思われるだろうか。
それでもいい。下手なことをして興醒めだと思われるよりはずっと。
それに、いいのだ。面白味のない女でも。
だって捨てられれるには理由が要る。その理由は納得できる、けれどできるだけ傷が軽くて済みそうなものがいい。
言われたことしかしない面白味のない女。だから飽きた。
うん、丁度いい。丁度いい理由だと思う。いつかきっと来る、最後の時にはそれが理由だと思い込もう。
「しの」
肌を重ねる時、耀司は必要以上に名前を呼ぶ。多分、分かっててやっている。
「しーの」
名前を呼ばれると、心が揺れる。まだこの世に楡木しのは存在しているのだと、そうして楡木しのを必要としてもらっているのだと、そんな風に感じる。
それが嬉しくて。バカみたいだけれど嬉しくて。
笑えるくらい心と身体が反応してしまうのだ。
それを、耀司は分かっている。私がいい反応を返すから、それを愉しんでいる。だからこれ見よがしに呼んでみせるのだ。
「よーじ」
分かっていて、私は乗せられる。依存する。決して“いい人”ではないこの男に心を寄せる。
男のくれるきっと何か理由付きの優しさに、首を垂れるのだ。
「あぁ、可愛えなぁ、ほんま堪らんわ。しの、しの、しの」
そうして地獄の底でこうやって時折蜜を舐めて生きていく。
「耀司、耀司」
男の首に両腕を回す。肩口から覗く極彩色。
「なんや、もっとしてほしいってか?」
「んっ」
顔を近付ければ、荒々しい口付けが降って来た。
いつまで、こんな生活が続くのだろう。いつまで、続けられるのだろう。
どこで自分は用済みになるだろうか。なった時、私はまだ生きているだろうか。
あやめお嬢様の身代わりは、そんなに楽なものじゃ、きっとない。
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