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「仕方ないだろ。花火大会が中止になったんだから」 「だーかーらー、延期すればいいって言ってるじゃない」 「男に二言はないんだよ」 「そういう考え方は古いって。オリンピックだって延期するって言ってるんだよ」 「何でもかんでも延期すりゃいいってもんじゃない。お前だって、卒業演奏会が中止になったって言って毎日泣いてたじゃねえか」  そう言われると私は何も言えなくなった。 「何度も言っただろう。俺は今年で引退、延期はなし!」  おじいちゃんはさっさと仕事場に行ってしまった。  私のおじいちゃんは花火師だ。毎年地元の花火大会では、おじいちゃんが作った花火が打ち上げられる。  そろそろ年だから、きりのいい2020年で引退すると以前から公言していた。最後は地元の花火大会で最高の花火を打ち上げると言っていた。引退に向けて、おじいちゃんは最後の花火を丹精込めて作ってきた。  2020年、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、さまざまなイベントが中止された。地元の花火大会も例外ではなかった。  おじいちゃんは、最後の花火を打ち上げないまま引退すると宣言した。  新型コロナウイルスの影響でなくなったものは花火大会だけじゃない。2月27日、全国の小中高校が一斉に休校になった。中学三年生だった私は、部長を務めていた吹奏楽部の卒業演奏会を諦めなければならなかった。  卒業式も短時間で。入学式もひっそりと。休校が長引いた分夏休みは短縮され、高校最初の夏休みはありえないほど短い。短い夏休みは旅行にも行けない。  新型コロナウイルスは、私からいろいろなものを奪っていく。
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