境心霊探偵事務所

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「それで?」 私は我が耳を疑った。 今思い出しても身震いする体験を、身振り手振り必死に伝えたというのに、目の前に座る男は湯呑みを啜って新聞を開けながら一言、そう吐き出したのだ。 私は怒り任せに椅子と不釣り合いな、低ーいテーブルへ、今までの礼儀正しい態度を両手で叩き付ける。 「ふざけないでよ!!ここでなら解決してくれるって言うから態々電車を乗り継いで来てやったんじゃない!それなのに何なのよその言い草は!!」 すると男は湯呑みを置いて新聞を閉じる。 やっと仕事をしてくれる気になった? そうか、こういう話は嘘やでっち上げで溢れているし、本当かどうか試したのかもしれない。 きっとそうよ!私の真剣差が認められた! 今度こそ、この人は本物なのかもしれない! 「――分かった。――分かったから・・・静かにしてくれないか?」 呆れた顔でまるで猫でも払うように手を振る男に、私は怒りを通り過ぎて悲しみを感じ、事務所を飛び出した。 三十分かけたヘアアレンジをといて、一時間半かけたメイクを涙で崩しながら長い髪を振って走る。 あぁ、分かってる。分かってた。 誰にも信じて貰えないなんて事は―― だけど、このままじゃ私は生きていけない。 会社だっていつまでも休ませておいてはくれないだろうし、まだ魔除けの壺や開運のブレスレットの支払いだって残ってる。 それに何より―― 「待って!」 ジャラリと手首に巻かれた石達が擦れ合う音と共に引かれる腕。 「私、雨の日も外に出たいのよ!!」 そこには、今どきそうそう見ることの無い和服をシミで汚した、あの無愛想男が立っていた。 「・・・何故それを先に言わない?」 男は癖の着いた髪をくるくると指先で触りながら、考え事でもするようにくるりと身を翻すと事務所の方向へ歩き始める。 置き去りにされた私は、数秒その場で固まってから我に帰った。 「アンタ一体何しに来たのよーーー!!??」 本当変な奴。 ――でも、私も最近よくそう言われる。 変な奴だけど、私にはもう此処にかけるしか無いんだ。 『境探偵事務所(さかいたんていじむしょ)』 ボロボロのビルの四階、薄暗い階段を登って突き当たりの錆び付いた扉、そこに小さく掲げられた表札にはそう書かれていた。 だけど、此処を知っていた人々は口々にこう呼んでいた。 『境心霊探偵事務所(さかいしんれいたんていじむしょ)』と。
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