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※ ※ ※
それから私は会社に無事復帰し、お祓いグッズの支払いの為に必死で働いた。
最近では夜勤もこなすようになり、気が付くとあの探偵事務所を訪れた日から二週間程経つ。
あれからあの男から連絡はないし、きっと諦めたのだろう。
今考えると、調査解決料前払いで五十万円ってめちゃくちゃぼったくりじゃない?
あの時の私は金銭感覚がどうかしてたわ・・・
苛立ち任せに軽くなった髪をぐちゃぐちゃに掻き回すと、少しだけスッキリした。
「お疲れ様」
「お疲れ様でした」
うわ、雨・・・朝は降ってなかったのに・・・
出社して外に出ようとすると、外はかなりの雨が振っていた。
これは本降りかも・・・待ってても仕方ないか・・・
折り畳み傘はいつも常備しているけど・・・
雨に濡れるのが嫌な訳では無い。
この二週間はずっと晴れで、雨は今日が初めてだったからだ。
しかも、今日に限って夜勤日だなんて・・・
しかし、ずっとこうもしていられない。
仕方なく折り畳み傘を開いてゆっくり歩き出した。
なるべく明るい道や、人が通る道を選べば大丈夫だろう。
ゆっくり行こう、ゆっくり。
初めは雨粒が傘を叩く音にドキドキしていたが、慣れてくればどうって事はない。
電車に乗って、バスに乗って。
不気味に感じるけど、良く考えたらいつも通りの帰宅路なんだし、何も危険はないのだ。
もう家の近くよ。
もう少しで帰れる。
「なんだ、私大丈夫じゃない!?」
一度帰れたらこっちのものなんだから!
――しかし、現実はそう甘くはなかった。
いつも通っている広い道がピカピカと光って、人が沢山蠢いており、赤い三角コーンと、電子板から放たれる『通行止め』の文字が無慈悲に心に突き刺さる。
「あの、ここ通れないんですか?」
「すみません、交通事故が起きまして現在通行を止めさせて頂いております」
「そう・・・ですか・・・」
この場で終わるまで待つ?
いや駄目よ。迷惑だろうし、変な人だと思われるかも・・・
大丈夫、大丈夫!
迂回して帰ればいい、それだけの事!
来た道を引き返して少し細い旧道を歩く。
思った通りこちらは人がいない。
なんだか暗いし・・・
それに何より――
この坂道があるのよね――。
初めて青い傘の女を見た場所。
やっぱりこの街灯、ついてないのね・・・
私は坂の下に立って何度も深く空気を吸って息を整えると、恐る恐る傘の隙間から坂の上を見上げた。
しかし、そこには只一本の緩やかな坂道が伸びるのみで、青い傘どころか人一人見当たらない。
「っ・・・。なんだぁ・・・」
思わず息と一緒に言葉が漏れてしまった。
胸をなで下ろした私は、一歩ずつ坂を登り始める。
隙間なくアスファルトが敷かれ、行き場を失った雨水が坂の表面を舐めるように滑り、踵の低い茶色いパンプスのつま先、エナメルに弾かれて左右に裂かれ落ちてゆく。
暗く雨の降る坂は、一歩一歩が重く不快に感じる。
生暖かい空気が鼻を通る度に、生臭さとタールの油が染み出たような甘苦い臭いが混ざり合った香りがして何とも気分の悪い。
その上恐怖で研ぎ澄まされた聴覚は、普段よりも多くの音を拾い、触覚はイカれてある筈のない接触感に手足や頭の皮膚がムズムズと震える。
大して長い坂でもないのになかなか終わらない――。
本当に進んでる?
もしかしてこのままずっと終わらないなんて事は・・・
いやいや、そんな訳ないでしょ!?
ほら、ちゃんと登ってるんだから。
いつかは登りきるに決まってる!
傘を打つ雨音が気持ちを急かせる。
もういっそ走ってしまおうか。
歩くよりもあっという間に終わるかも!!
そう思った時、背中に冷やかな空気を感じ背筋がゾワゾワと波打った。
だがここで足を一度でも止めてしまえば、もう一歩も動けなくなる。
歩け、歩くんだ私!止まるな、進み続けるんだ!!
物凄く振り返りたい。
――でも怖い!!
今、一体何処まで来たんだろう・・・
いつの間にか下ばかりを見て歩いていたから、傘で前が見えていなかった。
後ろは見なくても前を見れば現在地と残りの距離が分かる。
物凄く恐怖はあった。
だけどそれよりも、この終わりの無い不安をすぐにでもかき消したかった。
「もう、もう・・・むりっ!」
私は、焦る気持ちに押され不安と恐怖に耐えきれずに安堵という欲望へ手を伸ばした――
決死の力で傘の中棒を片手で掴んで、もう一方の手でハンドルを前へと押し込んで行く――
すると自然に、小間が上へ持ち上がり、視野が広く遠くなる――
艶やかに光る青――
視界いっぱいに広がったのは、坂の頂上ではなく暗黒に浮かび上がる青色。
瞬間、時が止まる――
いや、露先からは止めどなく玉水が滴り落ちている。
止まったのは私の足と脳――
「確保ーーーー!!!!」
私しかいない筈の閉ざされた無限の暗い世界に、男性の声が響き渡る。
たちまち何処からともなく人、人、人が飛び込んできて、固まった私の青い視界が塗り替わる――
「やっと会えましたね」
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