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骨の多い傘、不格好に癖のついた巻き髪、時代遅れの和服と軽やかに揺れる羽織――
その姿はぼやけ歪んで、恐怖で笑っていた私の膝は、沸き起こる安堵に等々耐えきれなくなり崩れ落ちた。
そうしてへたりこんだ私の目からはボロボロと涙が零れている。
良かった、良かった・・・私、助かるんだ・・・
ありがとう、本当にありがとう・・・
胡散臭いとか、いけ好かないとか思って本当にごめんなさい!
貴方は本物の心霊探偵でした――
それもとびっきり優秀な――
「もっと早く、見つけなければいけなかったのに・・・。不甲斐ない探偵で・・・大変、申し訳ない・・・」
そう言って彼は頭を下げた。
「そんな、とんでもない!!
こうして来てくれただけでそれはもう、十分すぎる働きで感謝しても仕切れないくらいで――」
慌てて声を上げた私は、そこで妙な違和感に気づく。
男は私と青傘の女の間で、庇うように腕を広げて立っている。
だけど、私が見ているのは彼の背中なのだ――
「この野郎ぉーー!!離せぇぇぇ!!!
この俺を誰だと思っている!?貴様らの給料は俺が払っているようなもんなんだからな!!」
刹那、雨音を劈く成人男性の叫び声が私の背中に轟く。
それは雷音の如し響きで、私は咄嗟に縮み上がり、怖々と後ろを振り返った。
そこには数人に押さえつけられ、全身ずぶ濡れになりながら藻掻くスーツ姿の男性。
私と目があった事に気づいたその男は、ニヤリと口角を上げる。
「やぁ、こんばんわ。私はここを通りかかっただけなんだ、君からも誤解だとこの無能達に言ってくれないか?」
笑顔で話しかけてくるが、全く私はこの人を知らない。
「すみません・・・一体何が何だか・・・仰っている事がよく、分からなくて・・・」
それよりもこの状況は何だというの!?
知らない男、沢山の人、無能、探偵、誤解・・・青い傘の女――
「ふざけるな!!!」
再びの怒号に、肩が跳ねる。
次に見たスーツの男の顔からは、さっきまでの笑顔は消え、鋭い眼光とつり上がった眉、それは正しく鬼の形相そのもの。
「お前がストーカーか何かと間違えて通報したんだろうが!!ビクビクビクビク怯えやがってこの勘違い女が!自信過剰にも程があんだよ!テメェなんてその長い髪くれぇしか取り柄なんか無いだろ!?いい加減現実、見たらどうなんだ?」
ストーカー!?通報!?
って事はこの人達は警察官で、この人は間違えられたって事?
「いや、待って。私、通報なんてしていない。
それに、ビクビクしてたのはストーカーのせいじゃなくてあの青い傘の女の人が!!」
私は勇気を振り絞って必死に、震える腕を持ち上げてあの忌々しい青い傘の女を指さした。
「あの女の人がいつも立ってて、怖くて――
通報もあの人がしたんだわ!ええ、きっとそうよ!!」
幽霊なんかじゃなかった。生きた人間なのよ!
あの女は私のストーカーか何かで、私を怖がらせて楽しんでいたんだわ!
そりゃそうよね、幽霊なんかいるわけないんだから!!
「な・・・な、何言ってんだお前。
そんな女、一体何処に居るんだよ?!」
え・・・。
「な何言ってんの?そこに居るじゃない!?ほら!!」
勢い良く振り返ると、そこに立っていた筈の女が居ない!
驚いて前にいる探偵を肩を掴んで退かせると、いつも只立ってるだけだった青傘の女が、しゃがみこんで小さくなっていた。
その姿は何かに怯え震える少女のよう――
何よ・・・これじゃあさっきまでの私じゃないの・・・
私を支配していたあの圧倒的恐怖は発火した怒りの炎で溶け落ち、そのドロドロとしたものは炎を塗りつぶしてゆく。
残るのは燻る熱と黒い泥。
その有様といったらもう、呆れてモノも言えない。
「いい加減満足か?彼女がこれ以上傷付く必要は無い。さっさと仕事を締めるとしよう」
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