見知らぬ駅についた

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 証拠も手に入れたので、俺は電車に戻って座席に深く腰掛け、帰還の予兆を待った。  最初は空耳か、無音すぎて耳鳴りがしているのかと思ったが、どこか遠くで口笛のような音がしている。  お世辞にも上手ではないばかりか、メロディがない。  行き当たりばったりに、ただ音を出しているだけの口笛が、よくよく耳を澄ますと少しずつ近づいて来ているように感じた。  これは、まずい兆候だ。  有名な異世界実況ネタでは、祭り囃子が聞こえてきたという報告を最後に実況者が失踪している。  逃げたほうがいいのだろうか。  でも、どこへ?  電車からは離れられないぞ。  そのうち、口笛に混ざってときおり低い音が聞こえるようになる。  ウシガエルってわかるかな、緑地公園の川や池にいて低い声で鳴くカエルなんだけど。  その声にひどく似ているような気がした。  でもそれも徐々に近づいてくるにつれ、鳴き声じゃないことがわかる。 「おい」 「おい」 「おい」 「おい」  低い男の声が、座っている俺の方へと左側から次第に迫って来ているんだ。  ここまで来ると、さすがの俺も恐怖感が勝った。  うつむいたまま、顔を上げられなくなった。  声はどうやら座席と座席の間の通路をまっすぐやってきている。  顔を上げたら、そいつの姿を見てしまう。 「おい」 「おい」 「おい」  どう頑張っても友好的とは思えない声のトーン。  俺は座ったまま背中を丸めていって、ついに膝に顔を埋めるような体勢になった。 「おい」 「おい」  声が近い。  もう、手を伸ばせば触れられるほどの距離かと思われた。 「おい」  視界の左側で、自分の膝ではない範囲が肌色で埋まる。
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