リモートワーク

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リモートワーク

「……じゃ、今日の朝礼は終了。  井上君だけ残ってくれる?  スケジュールの件、詰めちゃおうか」 「わかりました」  他のメンバー五人が口々に「お疲れ様です」と言って退出していき、ノートパソコンの画面には自分と室長だけが残った。  去年の三月から在宅勤務が続いていているが、朝礼はビデオ通話を利用して毎日行われる。  今日みたいに、そのまま打ち合わせになることもある。  在宅勤務はいい。  毎日往復二時間、満員電車で身動きがとれないまま、ただただ時間だけが過ぎていく苦痛を味わわなくていいから。  二十代の半ばごろ、毎日残業が続いて帰宅後は即就寝する生活を送っていた頃は、早くワープ装置が発明されて家から会社まで瞬時に移動できればいいのに……なんて考えていた。  家にいながらにして業務を行う、在宅勤務。  まさかこのような形で理想が現実になるとは思わなかった。 「……オッケー。それじゃあこんな感じて頼むな」 「了解です」 「そういえば井上、前々から思っていたんだけどな」 「はい、何でしょう?」  何だろう、怒られるのか?  そう思って思わず身構える。 「なかなか良い漫画の趣味してるな」 「……あ、ああ、コレ」  俺は後ろを振り向き、背にしている本棚を指さして見せた。  我ながら几帳面に色分けされた背表紙が並んでいる。  最近の漫画はまったく読んでいないけれど、学生時代は毎日のように漫画を読んでいたっけ。  今からすると古い漫画になるわけだけれど、だから上司の御眼鏡に適うタイトルがあったのかもしれない。 「いつか状況が落ち着いて、また出社できるようになったら貸してくれよな」 「ええ、もちろん」 「んじゃ、お疲れさん」 「お疲れ様です」  軽く頭を下げながら、片手を上げる上司を見送る。  リモート会議のマナーがどうこうというわけではないが、何となく先にログアウトするのも気になる。  上司の映像が消えるのを待って、自分もログアウトしようとした。  その直前、見るともなしに視界に入った自分の映像に違和感を覚えた。  ちょうど自分の頭の背景にあたる部分が、白一色なのだ。  さっき上司と話しながら見たときは、赤い背表紙のタイトルと青い背表紙のタイトルに挟まれる格好で自分の頭があったはずなのに。
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