リモートワーク

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 振り返って確かめようとして、体を四十五度傾けたところで動きを止めた。  人だ。  人っぽい何かだ。  白いフワッとした、女もののブラウスを着た何か。  それが、自分と本棚の間にいる。  一人暮らしで他の人間が家にいるはずもなく。  不用意に振り向いて、得体の知れない何かと対峙する覚悟はない。  体の向きを戻す。  再度画面を確認すると、やはり背後にいる。  そいつの顔は見切れていてわからない。  どうしよう。  これまで観たホラー映画のオヤクソクが脳裏を駆けめぐる。  こういう場合、考えられるのは……。  一、振り向いたら消えている。  二、振り向いたら殺される。  三、画面を消すと殺される。  ……まあ、だいたい殺されるよな。  コンタクトを取ってみようか。  会話による平和的解決は可能なのか。 「あのう、すみません。どちら様でしょうか?」  少々声が裏返ったが、重要なのはそこではない。  相手の反応を待つ。  返事はない。  動きもしない。  シカトか……。  もう一つ、考えられる可能性を思いついた。  自分の頭がおかしくなって、ありもしないものが見えてしまっているという状況だ。  これを検証するために、ビデオ通話機能のリストから一人を選んで呼び出しをかける。 「はーい、お疲れ様ですー」 「ああ、お疲れ様です」  間延びした挨拶をしながら画面に写ったのは、同僚の竹田さん。  社内に友人と呼べる存在はいないが、この人とはたまにプラモの話で盛り上がったりもする。 「すみません、ちょっと妙なことになっちゃって。確認してもらいたいんですよ」 「おやー、どうしました?」 「俺の背後なんですけど」  言いながら自分の映像を見るためノートパソコンに顔を近づける。 「あれ……」  いないぞ。  白いブラウスの女がいなくなっている。  俺の背後はすぐ本棚だ。 「あ、なんか大丈夫みたいです。  お騒がせしてすみません、それじゃ」 「えー、あれー、もう――」  竹田さんがまだ話している最中に退室成功。  俺の予想では、今あの白いブラウスの女は、竹田さんの背後に出現しているはず。  ほどなく、ビデオ通話の呼び出し音が鳴りだした。  もちろん、相手は竹田さんだ。  俺は出ないぞ。  すまない竹田さん。  このカラクリに気づいたら白いブラウスの女を、ババ抜きの要領で次の不幸な奴に回してくれ。  健闘を祈る。 〈完〉
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