上からの足音

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上からの足音

 ごくごく普通のアパートに住んでいる。  もう6年目になるかな。  それまで特に問題もなく過ごしてきたけれど、最近になって上から物音がするようになった。  始まった正確な日時は覚えていないけれど、年末年始休暇のどこかのタイミングだったはず。  音の種類は、いわゆる足音なんだと思う。  ドンドンドンドンって、4歩くらい続いて消える。  しばらくすると、また4歩くらい続く。  子供が遊んでいて急に走り出したり、ちょっと離れたところにある電話が急に鳴り出して慌てて取ったり、みたいな状況が想像できる足音。  でもね、うち最上階なんよね。  とはいえ、心霊現象とは思っていない。  ネットで調べてみると結構よくあるらしいんだ、最上階なのに足音がするってケース。  どうやら水道管とか鉄筋とか、建物内の金属に反響して下の階の音が上から聞こえてくるらしいんだ。  だから、今まさに誰もいないはずの上の階から物音がして怖い思いをしている人は、どうか安心してほしい。  それ、心霊現象じゃないから。  最初の足音から約半年が過ぎ、いつの間にか足音は聞こえなくなっていた。  土曜日に排水管の清掃が入る。  家の中に入ってもらってキッチンやら風呂場やら洗濯機の排水管をみてもらうので、家を空けるわけにはいかず、用事を夕方にずらすことにした。  昼過ぎに水色ツナギの清掃業者さんたちが来た。  最初にキッチン、次に洗濯機、最後に風呂場を清掃してもらう。  風呂場の作業が終わったとき、業者さんが天井を指さした。 「あの隙間って、そのままで大丈夫ですか?」 「えっ、隙間ですか?」  言われて見てみると、風呂場の天井にひと一人が通れそうな四角い入り口のようなものがあって、そのフタらしいパネルが5ミリほどズレていた。  今まで気づかなかった。 「あの中って、何があるんです?」 「通常は風呂周りの電気設備ですね。  フタは固定してあるわけではないので、たまに風圧で持ち上がってあんな感じになることがあります」 「そうなのですか。  閉めておいてもらえますか」 「わかりました」  業者さんがフタに手をかけたとき、少し気になって早口で付け加えた。 「ついでに、中見てもらっていいですか?  あのー……ネズミなんかが巣を作っていたらイヤだな、って」 「いいですよ」  風呂のへりに足をかけたまま、業者さんはグッと伸び上がって肩まで風呂場の天井に入っていく。  体の向きを前後に変えてから、下に向かって言った。 「ネズミはいませんが、この毛布どうします?」 〈完〉
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