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垣田は部屋を出て、階段を降りた。二階だからエレベーターのほうが遅くなることは、搬入のときに学習した。
マンションのエントランスに出てオートロックのガラス戸を通ると、目の前にどこかで見たような顔の男性が、こちらに歩いて来るのが見えた。白髪の60代くらいの男で、背は低い。やせ形でデニムのパンツに黒いワイシャツを着ている。
「あ」
「あれ?」
と互いに目を見合わせたあと、その男が、
「垣田君じゃないか、どうしたんだ。こんなところで」と言った。
「小西さん、おひさしぶりです。お元気でしたか?」
小西は、かつてバーの常連客だった。昔は暴力団の構成員だったらしいが、バーに初めてやってきたときは、すでに足を洗っていた。
ひいきにしてもらい、ほぼ毎日顔を出す上客のひとりだったのだが、肝臓を悪くしたのを機に酒を断った。もちろん、垣田の店に来ることもなくなった。
ふたりは思わぬ再会に、握手をした。
「こんにちは」
「君は、変わらないな。しばらく行けてないけど、まだバーやってるの?」
「ええ、おかげさまで。同じ場所で引き続き商売やってます」
「そうかね。それはよかった」
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