事故物件

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 マンションを手に入れたのだ。すべての自営業者に共通する悩みなのだろうが、路上生活者になってしまったらどうしよう、という懸念は常にあった。そういう悪夢を何度も見た。もちろんまだその心配が消え去ったわけではないが、とりあえず家賃を払えず追い出されるということはなくなった。修繕積立や管理費、固定資産税という新たな出費が現れたが、それくらいならどうにかなるだろう。  少し苦いはずのスコッチウイスキーが、いつになく甘く感じる。  背後で扉が開いて、カランカランという来客を知らせる音がする。 「あ、すみません。いらっしゃいませ」そう言いながら垣田は椅子から立ち上がって振り向いた。  そこに居たのは、小西だった。 「やあ。夕方、君の顔をひさしぶりに見たら、またここに来たくなってね。おじゃましてもいいかな?」 「ええ、どうぞ。歓迎いたします。お座りになってください」  垣田は飲みかけのグラスを隠すように手に持って、カウンターをくぐっていつものバーテンに戻った。
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