事故物件

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 開業直後のあの苦しい時期、自分も自殺が頭をよぎったことがあった。いつまで待てど客のこないバーの椅子を眺めていると、気が狂いそうになった。せめて愚痴でも言える相手がいればいいのだが、疲れた人が愚痴を捨てて帰る場所でもあるバーで、そんなことを聞いてくれる人がいるはずもない。  あのとき自分が自殺していれば、お化けになって出て来ていただろうか。いや、それはない。自殺する人間というのは、この世の苦役から離れたくて自殺するのだ。何が悲しくて、死んだ後もこの世界にとどまり続けなければならないのだろう。 「ふうん」とだけ言って、垣田は感心なさそうに言った。「どれくらい前のことなの? 片づけは終わってるんだよね?」 「えっと、3年くらい前のことですね。もちろん、荷物の搬出やリフォームは終わってます。とりあえず、ご覧になってみますか?」と田中が言った。「こういう物件は、嫌う人は嫌うものですが、不動産屋なんてやってると、いちいち気にしてたらキリがないっていうのが本音ですね」 「それには賛成だな。うーん、とりあえず見てみようなか」
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