第5話(2) 永遠の時の果てに

1/1
前へ
/26ページ
次へ

第5話(2) 永遠の時の果てに

 別れないと、この異空間から出られない。  その現実を見せつけられて、綾乃と光司はお互いの顔を見合ったうえで、 「「別れません」」  即答した。 「俺たちが別れられるわけないだろう」 「ね。それに神様に言われて別れるなんて、死んでもごめんだよ」 (良い度胸だ。その強がりがいつまで持つか、見物だな) 「ま、せいぜい見物してなよ」  光司は、ニコニコ笑って、 「俺たちは別れないから。この空間から出さないっていうなら、自分たちで出る方法を探すまでだ。な、綾乃」 「そうだね。梅鈴堂の名にかけて、こんなことには屈しないから」 (いいだろう、いいだろう。ではせいぜいあがいてみるがいい。そして我に泣きつくのだ。どうかここから出してください、と……)  チモキヤの神が作り出した空間は、太宰府天満宮とまったく同じであった。  ただし、天満宮の外に出ることはできない。延寿王院の前にある鳥居まではやってくることができるが、鳥居の外には出ることができない。目に見えない、透明の壁があるのだ。  これは太宰府天満宮の他の出入り口もそうだった。  無理に外に出ようとすると、壁にぶつかる。 「なるほど。このままじゃ確かに、太宰府天満宮の中でずっと過ごすことになりそうだ」 「しかもこの霧。遠くがよく見えないね」  異空間の天満宮は霧に包まれ、人どころか動物もいない。  草木を見つめるとよく分かるが、虫さえ存在しない。蟻の子もいない、というわけだ。 「しかし、もう2時間くらいこうしてほっつき歩いているのに、腹も減らないしノドも渇かないんだな」 「たぶん時間が停まっているんだろうね。わたしたちの身体さえも」 「呼吸もしているし、心臓も動いているのにな。奇妙奇天烈ってのはこのことだ」 「そうだ、光司。だざいふえんのほうにいってみない? あっちにいけば、なにかあるかも」 「よし、行ってみるか」  綾乃たちは、進んだ。  太宰府天満宮の奥には、だざいふえんという遊園地があるのだ。  そこは子供用の遊園地で、小さなジェットコースターやゴーカートなどの遊具が揃っている。  その遊園地の向こう側には木々が立ち並び、森林が広がっている。  綾乃たちは森林までやってきて、手をそっと伸ばしたが、やはり透明の壁が立ちはだかり、指先の侵入を防いだ。 「やっぱり、こっちもだめだね」 「だざいふえんの向こうにまで壁があるなら、いよいよ、この太宰府天満宮から外に出ることは不可能みたいだな」  光司はため息をつきながら、くるりと振り向いて。  ぴたりと、動きを止めた。 「どうしたの、光司」 「綾乃。いま気付いたんだけどよ」 「なに?」 「だざいふえん。……タダで遊び放題じゃね!?」 「は!? ……え、ほんと!?」 「だって、係員さんもいねえんだもん。おい、遊べるぜ。俺たちで機械動かして、遊んでみようぜ!」 「ち、ちょっと光司。機械、動かせるの?」 「試してみたらいいんだよ。どうせ壊れてもここは異空間だし、誰にも叱られねえ。ははっ、遊び放題、遊び放題だ。金がいらないぜ、ヒャッホー!」 「金、って……」  確かに万年貧乏夫婦のふたりは、だざいふえんで遊ぶことも近頃はめったになかった。  そもそも未就学児や小学生が遊ぶような小さな遊園地なので、綾乃たちはとっくに卒業しているのだが、――だが、 「「ヒャッホオオオオオオオオオ!!」  綾乃と光司は、ゴーカートをぶっとばした。  がん、がん、がつん、がつんと車体をぶつけまくりながら、何周も何周もカートを走らせる。 「はっははは、これが大人のゴーカートだぜ。ぶつかってぶつかってぶつかりまくっちゃうぜ! 走り放題だぜぇ!」 「光司、飛ばしすぎ! わたしを先にいかせてよ!」 「やなこった、自力で抜きな! はっはっは!!」  ふたりはゴーカートだけで、5時間は遊んだ。 「……はっ」 「起きたか?」  目を覚ますと、光司が覗き込んできている。  上体を起こしてあたりを見回すと、霧に包まれている。まだ異空間にいるようだ。  あれからゴーカートで遊び疲れた綾乃と光司は、だざいふえんの隣にある食堂におもむいた。食堂には、畳が敷かれたお座敷席があるので、綾乃たちはその畳の上で遠慮無く身体を横たえ、――気が付いたら、ずいぶん眠ってしまっていた。 「何時間寝たの? わたし……」 「さあな。こっちの世界に来てからスマホの時計も動かねえし、……まあ何時間でもいいんじゃねえの? ここじゃ時間も意味をなさねえからな」 「相変わらず、お腹も減らないもんね」 「でもよ、そこの土産屋には食べ物やお菓子がいろいろあるぜ。食ってみたが、美味かった」 「食べたんだ。食いしん坊」 「美味そうだったからな。食っても食わなくてもどっちでもいいんだろうな、ここだと」  光司は、そこでいったん、ぐっと背筋を伸ばして、 「なあ、次はどうする? またゴーカートで遊ぶか? なんならだざいふえんにある、他の乗り物で遊んでもいいな。池のボートに乗ってもいい。なんだって楽しめるぜ」 「あはは、前向きでいいね。ここから出るための作戦は考えないの?」 「考えながら遊ぶ。まあ、そのうち思いつくだろう」 「それもいいね! ……というか」  綾乃は、そこでふと気が付いた。 「別に、出なくてもいいんじゃない? ここから」 「なに? ……いや、でもそうか。そうだよなあ」  綾乃と光司は、お互いを見つめ合いながら、 「光司とずっとふたりでいられるし。遊ぶものも食べるものもあるし、寝るところもあるし。年も取らないしお腹も減らないなら」 「考えようによっちゃ、不老不死だな! ずっとこの世界で暮らすか。金の心配もいらねえし!」  綾乃と光司は、どんどんふたりで舞い上がる。  もちろん、水晶たちと会えなくなるのは残念だが。  しかし、一番大事なお互いがこの世界にいるのならば、ここで永遠に暮らしていくのも悪くない! ……ふたりは結論を出した。 「よっしゃあ、決まったぜ!」 「この世界をわたしたちのお城にしよう! うんうん、決まり!」 (気に入らぬ! なんと気に入らぬことか!!)  縁切り神の声が轟いた。 (それでよいのか。おぬしたち、もっと深く絶望せよ。……永遠に愛の冷めない男女などいるものか。お互いに必ず失望し、絶望し、飽きる日がくるぞ。それなのにこの世界にとどまるのか!) 「飽きないよ。飽きるはずがない」  綾乃は断言した。 「わたしたちふたりは、子供の頃からずっと、二十年以上もこうして一緒にいるの。それでも飽きたことなんか一度もない」 「百年だろうが千年だろうが、綾乃とふたりならいつまでもいられる自信があるぜ。俺たちなら大丈夫さ」 (お、おのれ、おのれ……!)  チモキヤが歯ぎしりをしているのが分かった。  神様でも歯ぎしりをするのかと、綾乃はちょっと驚いた。 (気に入らぬ。縁が切れぬのか。何年経っても、何十年経っても、何百年――何千年、何万年経っても。……ああ、見えるぞ、永遠の時間の果てでも、この世界で夫婦として共に暮らすおぬしたちの姿が! 許せぬ、ああ、しかし――あああ、我の、我の負けだ!)  どぉん! 「あれ?」 「おやおや」  気が付いたとき、綾乃と光司は、橋の上に立っていた。  まわりには、参拝客というか観光客というか、とにかく人がたくさんだ。 「戻ってきたようだな」 「そうだね。……縁切りの神様、逃げちゃったんだ」  綾乃は、ニコニコ顔で言った。  チモキヤが最後に言った言葉が、嬉しかった。  永遠の時間の果てでも、光司と自分が、夫婦としてこの街で暮らしている。  想像するだけで、笑みがこぼれてしまう。  そう、そうよね。わたしたちならいつまでも、一緒にいられるよね、光司。 「さて、店に戻るか」 「そうね。わたしたちのお店。――梅鈴堂にね!」 (完)
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

64人が本棚に入れています
本棚に追加