第4話(7) いくつかの正義

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第4話(7) いくつかの正義

「は~、今日も暑っついねえ~」 「その上、ヒマなようだな。こんなところで梅サイダーを飲んでいるところを見ると」 「うっさい、うっさい、うっさい。ヒマを持て余してんのはアンタも一緒でしょうが」  数日後。  梅鈴堂である。  事件は解決し、めでたしめでたし。  そしていつも通り、日中は閑古鳥が鳴いている梅鈴堂に、水晶と烈王が遊びに来ていた。ふたりは店内に座り込み、冷たい梅サイダーをぐびりぐびりと飲みながら、軽口を叩き合っていて、 「お前らな、うちになにしに来てんだよ。サイダー飲むだけなら外でやれ、外で!」  光司は、そんなふたりにツッコミを入れた。 「やーなこったよ。外、暑いじゃない。店の中のほうがクーラーが効いてて気持ちいいでしょうが」 「涼みに来ただけかよ。電気代、支払えよな! ただでさえ今回の事件は完全にタダ働き、一文の得にもならなかったってのに!」 「そう怒るな。いっそう店内が暑くなって、冷房の回転が激しくなるぞ」 「お前っ――。……宝くじ買えよ。当選したら、電気代十倍にして払えよな」 「宝くじが当たっても電気代程度でいいのか。謙虚だな」 「根がセコいのよ。だから発想のスケールが小さいの」 「お前らっ……!!」 「はいはいみんな、ケンカしない! もう、それこそ外でやってよ。ゆっくり本も読めないでしょうが!」  ――へい、ご主人様の言う通り。皆さん、静粛に、静粛に!  綾乃の叫び声が、店内に響く。  と同時に、読本も叫んだ。静粛にと叫ぶこの本のほうが、よほどうるさいのだが。 「綾乃はさっきから、なにを読んでんの? ……なんか真面目そうな歴史の本。そういうのより、あたしの小説読みなさいよ。今度、最新刊出たんだから」 「そっちはとっくに読んだ。主人公の親友が宿敵になる展開が哀しくてよかった」 「あら、そう!? 褒めてもらえると嬉しいわ~。参ったわね~。そこは作者としても気合入れたところでさ」 「話が脱線しているぞ。櫛田妻の読んでいる本について、聞くんじゃないのか」 「っさい。いちいちツッコミがくどいわ、アンタは。……で、綾乃はなにを読んでるのよ、けっきょく」 「あの、石にされたなまずの話」  綾乃がそう言うと、その場にいた誰もが押し黙った。 「菅原道真に斬られたなまずは、――もともと自分の縄張りだったところに、道真が突如現れた。だから、敵だと思って立ちはだかった。道真はそれを斬った。……道真にも言い分はあると思う。京の都から九州に流されてきて、そこで巨大ななまずが現れたら、誰だって戦おうとするよ。……だけれど……」 「なまずからすれば、自分の土地にやってきた人間にいきなり斬られて石にされちまったわけだよな」 「そう。そういうことなの」  光司の言葉を聞いた綾乃は、得たりとばかりにうなずいた。 「わたしたちが倒した、あの黒ずくめは、そのなまずがたくさんの怨念と合体したもの。……あの黒ずくめの凶行を、肯定することは決してできない。けれども、その怨念も元はといえば、……ちょっとした行き違いであり、事情があったのだとしたら」 「道真がなまずを、いきなり攻撃しなければ。石になんかしなければ。……ここまでの騒ぎにはならなかったのかってことか?」 「待ちなさいよ。道真がなまずを斬ったのは、もう千年も前のことよ。それをいまになって化けて出られて、辻斬りみたいになられたんじゃ、たまったもんじゃないでしょ」 「それはそうよ。そうだけれど――あの黒ずくめは、わたしたちがこれまで倒してきたあやかしの集合体。恨みの塊。――わたしたちは、いつもあやかしや幽霊を倒してきた。それを間違っているとは思わない。けれども、相手から見れば、理由があるのかもしれない。わたしはそういう視点を失いたくない。そう言いたいの」 「正義はひとつではない、と。……櫛田妻は、そう言いたいわけだな」  烈王の言葉に、綾乃はわずかに逡巡してから、小さく首を縦に振った。  水晶は、銀髪を何度も揺らして、 「甘い考えだと思うけれどな。敵といちいち分かり合おうなんて発想じゃ、こっちがやられるわ。あの黒ずくめだって、鳥や烈王を切り裂いたような怨念の塊だったのよ?」  ――烈王さんはともかく、鳥を切り刻むなんざ、普通の人間だってするじゃないですか。お肉をたくさん食べているわけですし! 「妙なところに目をつけるわね、読本は」 「……オレはただ、自分を鍛えている最中にあやかしと戦うことが多いだけだ。正義だのなんだのは考えたことがない」  烈王は、そう答えつつも、しかしなにかを考え込むようにして、宙を見つめた。 「暴れるあやかしは、退治するべきだと思うわ。考えていたらキリがないわよ」  水晶は、決して綾乃に賛同しなかった。  親友であっても、譲れない一線があると言わんばかりである。  そういう人間だ。だからこそ、友人として長く付き合いできるのだろう。綾乃はもう、それ以上、なにも言わなかったが、 「俺は綾乃の言うこと、分かるぜ」  光司は、ニッと笑って、 「俺たちはもしかしたら、正しくないことをしているのかもしれねえ。それこそいまはよくても、何年後か何十年後か、あるいは何百年後かに迷惑をかけちまうこともあるだろうぜ。……けれども俺たちは、この梅鈴堂で生きていく。俺たちなりに悩み考えて、戦い抜いていくしかねえよ」 「……うん」 「今際の際まで、共に悩んでいこうぜ」  光司の言葉に、綾乃は小さくうなずき、天井を見上げた。  店内に、数多と下がっている何色もの梅鈴が、時おり、チリンチリンと揺れていた。
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