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第一章 魔女☆爆誕 1 はじまり、はじまり
「あたち、しょうらいまじょになるの~!」
女の子ならみんな通る道だよね。将来の夢:魔女。
魔女のステッキ親に買ってもらってさ、「ちちんぷいぷい~!」って唱えたことあるでしょ、ぜったい。小学校の掃除時間にはほうきにまたがって「浮け~!」ってやったことが一度もないとは言わせない。
例にもれず、私も『将来の夢:魔女』だったひとり。ぶっちゃけ25歳になったいまでも、良い感じの棒を見つけては「ちちんぷいぷい~!」ってやってるし、用具入れのほうきを取り出してはまたがり「浮け~!」とかやってる。気分は青春の浮き沈みの中で魔法の力を失ってしまった少女。いまに力を取り戻し、愛する彼を助けに行くのだ!
教師という現実的な職業に就き、表面上は物分かりのいい大人を演じているけれど、中身はいまでも魔女を夢見るひとりの女の子。
あーあ、魔女っ娘の青春味わいたかったなー。壊滅的にもう手遅れだけど。
あたしはキミカ☆ 普段は星の丘高校に通うごくふつうの女子高生だけど、実は魔法の力で悪と戦う魔法少女なの! 正体を隠して今日も悪を成敗! ドゴーン! いっけなーい、クラスのイケメン斎藤くんに魔法少女の姿を見られちゃった! あたしが魔法少女なのはひみつなのに! でも、斎藤くんは黙っててくれるって。ほっ。すると突然、斎藤くんにも魔法の力が目覚めて……☆
みたいな青春したかった。
ところで、魔女と魔法少女ってどうちがうんだ? 魔女が先天的に魔法の力を持ってるのに対し、魔法少女は後天的に魔法の力を身に着ける、とか?
まぁ、いいや。どっちにしろ私はただの人間だ。いくら夢見たって魔女にも魔法少女にもなり得ない。
───と、思ってました昨日までは。
「ふぉふぉふぉ、いやぁお嬢さん、助けてくれてどうもありがとう。お礼に君の願いを何でもひとつだけ叶えてあげよう」
目の前には、仙人みたいな白髪のおじいさん。それは十分前のこと。赤信号なのに、ふら~っと横断歩道を渡ろうとしてたこのおじいさんの腕を引き、私は彼が車に轢かれるのを阻止したのだった。するとものすごく感謝され、どうしてもお礼をしたいと言う。
ちなみに私は普段から、率先して人助けをするようにしてる。「お礼に君を魔女にしてあげよう」なんて言ってくれるどこかの優しいフェアリーゴッドマザーがいるかもしれないからね。だけど現実はどこまでも非情。ファンタジーのかけらもない。恩返しどころか、お礼すら言われないこともしばしば。ちくしょー。
でも、この仙人おじいさんはホンモノだった。ホンモノのファンタジーの住人だった。
おじいさんは自分を『神様』だと名乗った。そしてそれを証明するため私を路地裏に引っ張って行き、宙に浮いて見せ、姿を消し、再び現れ、トラに変身してみせた。ここまでされたら信じざるをえない。彼は正真正銘『神様』なのだ。ならば逃す手はない。
「お礼に何でも願いを? なら、私を魔女にしてください」
「魔女とな?」
「はい。空を飛び、眷属を従え、変身でき、他者を動物に変え、天候を操り、ヤバい薬をかんたんに調合してしまう。みんながイメージする、そういうベタな『魔女』になりたいんです」
ぽく、ぽく、ぽく。おじいさんは仏みたいに温和な顔でしばし沈黙。そして聞いた。
「魔法を使いたいと?」
「そう、魔法!」
魔法とは、普通の人間には使うことのできない超自然的な力を言う。広辞苑より。
普通の人間が使えない。素晴らしい。私は普通じゃない生物になりたい。
「ぶっちゃけ17歳くらいに若返って『魔法少女☆』になって悪を成敗する青春を送りたいところだけど、私もう25歳だし、万一17歳のころに戻れるとしても、いまさらこの擦り切れた精神でキャッキャウフフの血みどろ青春ライフなんて疲れるし、だから『魔法少女☆』を名乗るのは諦めます。だからどうか私を『魔女』にしてください!」
何をバカげたことを、なんておじいさんは言わなかった。大真面目な顔で、うむうむと頷く。そして私の願いを聞き届けてくれた。
「よかろう。ではお前さんを『魔女』にしてやろう」
キラキラキラ……
おじいさんが私の頭に粉を振りかける。
ふおー!! 見たことあるある、こんな光景、アニメの中で!
そう、ここで私は黒いローブと三角帽の怪しい女に変身し───なんてことはなかった。光が収まっても私は灰色のスーツのまま。鏡で顔を確認。ひっつめ髪に黒ぶちメガネ。化粧っ気なしの地味な顔。
『妖艶美魔女』の設定も加えればよかったな。いまからダメですか? あ、ダメですか。そうですか。……チッ。
おじいさんは最後に、革表紙の分厚い本を私に手渡した。表紙のタイトルを見る。
『魔女のすゝめ』
「なんですか、これ?」
「それはな、生来特別な力を持つホンモノの魔女・魔法使いだけが扱えるバイブルじゃ。裏を見てみなさい」
革の裏表紙。そこには金の文字で、私の名前が彫られていた。
― HINAKO ―
「持ち主以外には、中身は読めない仕様じゃ。賢く使うのだよ」
「ありがとう、おじいさん」
本から顔を上げると、おじいさんは既に消えていた。
不思議な体験。まるで夢をみてたみたい……
なんて乙女チックに余韻に浸ることもせず、私は食い気味に本のページをめくる。
『魔女のすゝめ』
目次
一、魔女の心得 ……P.1
二、魔法を使ってみよう! まずは簡単な浮遊魔法からスタートだ! ……P.2
三、眷属をつくろう! 孤独な魔女にパートナーは欠かせない! ……P.3
四、拠点をつくろう! 誰にも見つからない場所で魔法の練習を! ……P.6
五、各種魔法の使い方 ……P.10
(ア)初級 ……P.11
(イ)中級 ……P.31
(ウ)上級 ……P.50
六 薬草の調合 ……P.62
(ア)初級 ……P.63
(イ)中級 ……P.88
(ウ)上級 ……P.100
〝一、魔法を使ってみよう! まずは簡単な浮遊魔法からスタートだ! ……P.2〟
「キタ、浮遊魔法!」
魔女と言えばやっぱり空中散歩だよね。
「なになに、『浮遊の呪文』は簡単。『飛べ!』です。最初は声出しを必要としますが、慣れてきたら心の中で呪文を念じるだけでも発動できます。その際、足の裏と手の平に強く意識を集中することが大事です。浮遊魔法は魔女の魔法の中でも基本中の基本です。これが習得できなければ、一人前の魔女とは認められません……」
ほほう、煽ってくるじゃないか。
これが魔女の登竜門ってわけね。
きっと突破してみせるわ!!
足の裏と手の平に集中……集中……
じんわりと温かくなってくる。ああ、これ、体の中心にやわらかい何かがある。つかめそうでつかめない、いままではなかった力が明らかに芽生えてる感覚───これが、魔女の力。ぞくぞくする。と興奮が高まってきたところで、
「ギッ! いた、痛い痛い痛い痛い……!」
つりました。力入れすぎて、足の裏が。土踏まずのあたりつるの初めてだけど、死ぬほど痛い……!
路地裏の汚いアスファルトで転げまわる。スーツが汚れる。ストッキングが破ける。それでも飽き足らずにさらに転げまわる。
「う……」
ようやく痛みが引いた頃には全身ボロボロになっていた。髪ゴムが切れ、ひどいテンパの黒髪が爆発してるし、灰色のスーツは小汚い黒に変色している。
私はパンプスを投げ捨て、地面にはだしをつけた。
「こんどこそ……!」
できる、いける、私ならやれる!!
足の裏と手の平に集中。徐々に重だるく、熱がこもっていくその部分。力を寄せ集めるように凝縮し、開放。
「〝飛べ〟!」
ぶおん!
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
私の体はすさまじいスピードで空へと舞い上がった。
❖◆◇◆❖
その様子を、物陰から眺める一人の男がいた。
彼の名前は野間修一。元警察官という経歴を持つ探偵である。浮気調査のため、歓楽街近くの路地裏に身をひそめていたところ、謎の老人と二十代半ばくらいの女性がやってきた。ターゲットではないが、彼らも訳アリのようだ。下種なかんぐりをしつつ横目で様子を伺っていると、いつの間にか老人は消え、女性だけが取り残されている。はて、老人は俺の横を通ったか? 気配を感じなかった。訝しく思っていると、女性がうめき声をあげた。見れば、女性が地面をのたうち回っている。助けに行くべきか。一瞬迷っているうちに、女性はすくっと立ち上がった。かと思えば次の瞬間、空へと飛びあがって消えた。
「なんだ、いまのは……」
ふらふらと、路地に出る。目を疑う光景だった。ほんとうに、現実に起きたことか?
───疲れてたんだ。それで幻覚を見たんだ。そうに違いない。
腹を折って笑った探偵は、しかし壁際の暗がりにあるものを見つけ、ひゅっと笑みを引っ込めた。今しがた消えた女性が残したと思われるパンプスと、書類かばん。かばんには財布が入っていた。免許証を取りす。写真はたしかに、あの女性のものだった。それは彼女が現実そこにいたという証拠。
「森山 日奈子。いったい何者だ───?」
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