2 『眷属』を作ろう

1/1
前へ
/33ページ
次へ

2 『眷属』を作ろう

「ハア、ハア、ハア……し、死ぬかと思った……」    数時間のフライトの後、私はようやく自宅アパートに帰ってきた。うわ、地面がふにゃふにゃに感じる。なんだこれ、歩きづら……  足取り重く共同玄関に足を進め、そこでようやく気づく。 「やば! かばん忘れた!」    かばんの中には受け持ちクラス31人分の名簿が入っている。個人情報流失。職員会議。PTA。解雇処分。つまりクビ。  さーっと背筋が凍る。  急いでフライト準備! が、いくら念じても飛び立てなかった。今日の分の力を使いはたしてしまったのか、それとも疲れすぎているのか。  とにかく急ぐので、タクシーを拾うことにした。くつも持ち物もなくスーツは破れかぶれ。どう見てもやばい女を乗せるのにタクシーの運転手はしぶった。倍の運賃支払うと約束し、なんとか交渉成立。とはいえ財布の入ったかばんは路地裏にあるので、後払いになる。  どうか、ありますように……!  かばんは何事もなかったように、そこに倒れていた。そして、脱ぎ散らかしたパンプスも。 「よかった~~~~!!」  なんとかクビ回避! ていうか、いくらテンションが上がってたからって、仮にも教師が生徒たちの個人情報を流失させる危険を冒したとか、最低すぎる。猛省。  私は事情を知りたがるタクシー運転手に三倍の運賃を支払い、やっとのことで帰宅するのだった。 「んは──────」  ベッドにあおむけに沈むと、笑いがこみ上げてくる。むふ、むふふ。  私、空飛んだ!   『見たまえ、人がゴミのようだ!』の心境が理解できた。なんかあれだね、すべてを見下ろせる位置にいると、自分が神になったような気分になれるものだね。神じゃなくて、私は魔女なんだけど。 「ぐふ、ふふふ。魔女、魔女……いい響き」  これからは、妄想でもなんでもなく「ちちんぷいぷい~!」で、空を飛べるのだ。  胸に手を当てると、実感する。心臓のとなりにある、もうひとつの波動の根源。これが、私に宿った新しい力。魔女の力。私は生まれ変わったのだ。 「さいっこうの気分!」  体力回復したら兄ちゃんのところまでひとっ飛びして驚かせに行ってやるかな。羨ましがるだろうな~。私より重度の魔女オタクだからね、兄ちゃん。  えーと次はなんだっけ。  完璧な魔女になるためならこの魔女のバイブル、受験生なみに暗記してみせましょう。るんるん気分で『魔女のすゝめ』を開き、私の気分は急降下。血の気が引くとはまさにこのこと。さっきは読みとばした1ページめの文句から目が離せない。  一、魔女の心得 ……P.1 《日奈子ちゃんへ。みだりに力を使って目立たないほうがいいよ。魔女狩りにあって、人体実験とかされちゃうかもよ》  どうやら1ページ目は、あのおじいさんからのメッセージのようだ。  魔女狩り……社会科教師の私は、その歴史に少しばかり詳しい。魔女狩りの犠牲になったのは、多くが魔女でもなんでもない罪のない女性。ただ、私はホンモノになったわけだから、捕まって火あぶりにはならずとも人体実験コースが現実にありそう。ぞっとする、なんてもんじゃない。自由を奪われるとか、痛い思いをするとか、絶対に嫌すぎる。  ……み、見られてないよね? 人気のない路地裏だったし、うん、大丈夫、大丈夫。  あっぶなー。何にも考えずに力を発動させちゃってたよ。  そっか、目次にもあるもんね。 〝四、拠点をつくろう! 誰にも見つからない場所で魔法の練習を!〟  つまりはそういうことだ。  存在するとは聞くけど、誰も実際に会ったことはない。魔女はそういう、謎めいた存在でなければならない。  ……秘密は女のたしなみだ。私もようやく大人の女になれたな。ぐふ。 『職業:教師、副業:魔女』爆誕である。  でも、秘密かー。兄ちゃんにも黙ってなきゃだめかな。  それは無理そう。たぶん我慢できずにゲロるし、その前に向こうから見破られる可能性の方が大だ。どうするかは、そのとき考えよう。  とりあえず、『目次一』の浮遊魔法はクリア!  最初の試練、私は見事突破したのだ!  ほうきを使わずとも飛べるのは便利だけど、ちょっと残念感があるので次回はほうきを飾りに飛ぼうっと。  次は『目次三』〝眷属をつくろう! 孤独な魔女にパートナーは欠かせない!〟  3ページっと……ふむふむ、なるほど。  さて、キュー○ー三分クッキングの時間です。  まず、水15mlを火にかけます。そこに自分の血液を二滴入れましょう。次に、ハーブを少し。これは匂い消しのためなので、家にあるものなら何でもOKです。くつくつしてきたら、最後に呪文を一言。「パブロスアンダンテ!(聖なる言葉で〝命の契約〟の意)」 「ジジ(・・)ちゃ~ん、こっちにおいで~」 「フシャアアア」 「何にもしないから、ね?」 「ヴゥゥゥゥゥゥ」  魔女の眷属と言えば、やはり黒猫。某魔女アニメに憧れた私が、黒猫を飼っていないわけがない。そしてもちろん、名前は『ジジ』一択。  私はジジを壁際に追い詰めた。身の危険を感じているらしいジジはいつもの穏やかさはなりをひそめ、ただただ私を威嚇している。  大丈夫だよ、ちょーっと私の血を混ぜたドリンクを飲ませるだけだから。それがいや?  ふっ。ならばここは秘密兵器・チュールの出番かな!!  しかし、いくら策を弄しても、ジジのガードは破れない。こうなったら抱っこしてでも……とにじり寄り、飛びかかる! が、失敗。浮遊魔法の使い過ぎで乳酸溜まりまくった私の足は言うことを聞かず、もつれて盛大に床にダイブした。手に持っていた特製魔法ドリンクといえば─── 「ぎゃーーー! 『グリーンネックレス』ちゃんにかかった!」  黄緑色の丸い粒が連なった『グリーンネックレス』という観葉植物。その鉢植えに、青黒い液体をおもいっきりぶっかけてしまった。  しおしおとしおれていく『グリーンネックレス』ちゃん。  あああああっ、誰だよこんなひどいことしたやつぅ!  お気に入りの子だったのに、ぐすん。  お薬ももったいない。〝眷属を作ろう〟のページから飛んだ初級編の薬草調合のレシピみながら頑張って作ったのに、ぐすん。 「にゃーお」  元気出せよ、ってかんじでジジがすり寄ってくる。  安心してるみたいだけど、私、諦めてないよ? 「ぎゃーす!!」  私とジジが再び対峙した、そのときだ。  『グリーンネックレス』が虹色に輝き、みるみるうちに元気を取り戻していった。その中央に、ぽんとつぼみができる。  え、つぼみ? この子がつぼみをつけるとこ、初めて見た。  まじまじ観察してると、やがてつぼみが花開いた。ていうか、なんかちっちゃいのいる。 「ふぁーお」  お花のベッドで大あくびをする、ピンク髪の可愛い妖精さん。 「妖精!?!?!?!?!?」    え、ちょま、え!?!?!?!?  魔女の眷属を作ろうとしたら妖精が生まれてしまった。  トンボの羽を持つピンク髪のその子は、産まれたままの姿。つまりつるぺたの裸。目が異様に大きくて、鼻が小さい。人間とはちょっと違う顔の造り。これが世に聞く『妖精顔』というやつか。見た目年齢7歳といったところ。身長は、 「7.5センチですね!」  妖精さんはアクリル定規に映る自分の姿をしげしげと眺め、ふいに私に向き直った。 「ママ」 「ママ!? てか、しゃべれるの君!」 「おようふくがほしいの」 「服、服、あ、そうですよね」  服……服……て、タンスを探してどうする!  7.5センチの妖精にあう服とかもってるはずないだろ!  ……あ、いや、あったわ。  視線の先には、ピンクのワンピースをまとったシルバニアファミリーのうさぎさん。  すまん、ゆるせ。 「これどうかな?」 「うん! ありがとうママ」 「どういたしまして」  姪っ子が忘れてったやつ、兄ちゃんには捨てていいって言われたけど取っててよかった。 「どう? ママ」 「似合う~! めっちゃかわええ」  でれえ。ほんま可愛えどすな。  なにそれ、くるんて回るんやばない?  九州出身のくせに可愛すぎて下手な関西弁出てまうわ。 「フシャー!」 「こら、ジジ。あきまへんで。───あ、捕まえたしついでに例のツブを飲ますか」 「ギャーーー!!」 「人間みたいな悲鳴あげるのねちみ」  ▪▪  ▪▪▪  ▪▪▪▪ 「おい、マジでお前許さねぇかんな!」  私に抱っこされたまま、ジタバタと宙をひっかくジジ。 「あんた口悪っ! 誰に似たんだよ!」 「お前だよクソ女!」 「く、くそぉ? 私はそんな下品な言葉使いません~! ぷりぷり」 「いい年してぶりっ子すんじゃねぇ。吐き気がする」 「ぐふっ」  こ、こいつ、主人の傷を的確にえぐってきおる……やるな。  ビビ選手、前足を振りかぶった。あーっと、その手は主人の柔肌に沈んでしまうのか!?  いや、沈まない! 直前で手を止めてしまったジジ選手! いったい何が起きたのかー!! 「お気づきのようね、ジジ」 「お前、俺に何をした」 「ふっふっふ。私を傷つけられないのは、あなたが私の眷属になった証拠よ!」 《魔女の眷属になった者は、決して主人を害することができず、その命令に忠実になる。また、眷属が主人と異種族であった場合、相互言語理解が可能となる。個体により、独自の能力が発現する場合アリ》 「つまり、いくら爪を伸ばしても物理的に私を傷つけることはできないんですよ、ジジさん」 「しかし、精神的な攻撃は効いてたよな。なら今後はその線でいくわ」 「ちょ、はぁー? 別に『きめぇ』とか言われても傷ついてないしぃ」 「彼氏無し歴4年のおばさん」 「ぐふっ」 「4年ぶりに元カレから連絡が合っていそいそ会いに行ったらそいつの婚約パーティーだったおばさん」 「なぜそれを───ぐっふぁ」 「合コンではいつも酒づくり要員のパシリなおば───」 「はい、ストップ~。妖精ちゃんきょとんとしちゃってるから」 「こいつ食っていい?」 「ダメに決まってるでしょうが! ──ええっと、あなたは妖精、ってことでいいのよね?」  両手を背中に回してもじもじしてる妖精ちゃん激かわです。なんかこまってる。  妖精がなんなのか、自分がなんなのか、よくわかってないらしい。  でも、どう見ても妖精だよね。ティン○ーベルの仲間って感じだもんね。  ていうか、私やばない? なんか知らんが妖精を生み出せる魔女になっちまったよ。  え、魔女ってみんな妖精生み出せるんですか?  とりあえず、記憶喪失チックな妖精さんはピンキーと名付けた。ピンクの髪と瞳が印象的だからっていう安易な理由。  で、この子も私も眷属なのかしら?  眷属化のドリンクで生まれたからには、たぶんそうなのよね?  ためしに「両手に水を汲んできて」と命じると、シンクの汚れたお皿に溜まったお水(ごめんよ、そんな汚いものに触れさせて)を運んできた。言うことは聞く。だからって、眷属化してるって理由にはならない気がするんだよね。だってこの子、これくらいのお願いだったら命令するまでもなくやってくれそうなんだもん。ママ、ママってなついてくれてるし。  命の危険がある命令でも聞けるかを試せば、眷属化の検証ができるんだろうけど、さすがに可愛いこの子にそんな酷な命令を下すのは気が引ける。  ま、いっか。たぶん眷属だよ、この子も。 「で、俺たちをどうする気だよお前」  ジジが不機嫌に聞く。腕なんかくんじゃって、なんだか人間みたいよ、ちみ。 「どうもしないよ」 「は? なんか目的があって俺たちを眷属化したんだろ」 「いや、別に。マニュアルに従っただけっていうかー。ま、誰も私の秘密を知らないのはつまんないし、君たちは秘密の共有者ってとこかしら」 「ふーん。ま、変なことに巻き込まないんならどうでもいいや。てか腹減った。メシ」 「っとにちみは……」  そういえば私もお腹空いてる。時刻は夜中3時。は!? 3時!?  やばっ、明日学校なのに~!!!  ジジにフードを出し、ピンキーちゃんには(何食べるかわかんないけど一番反応が良かった)クッキーを与え、私はお茶漬けをかきこみ、ベッドイン。  激動の一日はこうしてバタバタのうちに幕を閉じた。
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加