星が降る日の約束

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 午前0時。  汗ばむ手を握りしめて、少年は寂れた駅の前で待っていた。背中のリュックの中には小さなレジャーシートとお茶、そして少しのお菓子が入っている。  夜空を一筋の光が流れていく。 「あ、始まった。」  少年の口から自然と言葉が漏れた。  今日は星が降る日。今朝のニュースでそう言っていた。非常に珍しい出来事で、数万年に一度あるかどうかという確率らしい。間違いなく少年たちが生きている間には二度と見ることができないものだそうだ。それを聞いたとき、少年は幼馴染みに自分の気持ちを伝える決心をした。幼い時からずっと大切に抱えていた気持ち。その気持ちを勢いに任せたように伝えてしまうのは少し格好悪く感じた。しかし、このチャンスを逃してしまったら、気持ちを伝えるチャンスはもうなくなってしまうだろう。その事実が、少年を後押しした。 「遅くなってごめーん。お母さんが折角だから、これ着て行けって。」  遠くから浴衣姿の少女が手を振りながら駆け寄ってくる。その綺麗な姿に少年は一瞬返事に詰まる。 「おぉ、綺麗じゃん。俺に会うために気合入れてきたの?」 「そうそう!上には夜空、隣には私。綺麗なものに囲まれるなんて幸せでしょ?」  いつものような調子で少女は微笑む。少年はそんなやりとりをしながら安心していた。星が降る日という特別な雰囲気のせいで、普段通りに話ができないのではないかと心配していたが杞憂だったようだ。 「じゃあ、もう始まってるし、よく見えるところまで行こうか。」  そう言って、少年は少女に背を向けて歩き出した。本当は一緒に隣を歩きたかった。しかし、少女の普段と違う姿に照れくさくなり、素っ気なくなってしまった。少女は不思議そうな顔をしながら、少年の背中を追ってトコトコと付いていった。 「いやー、でもビックリしたよ。久しぶりに連絡が来たと思ったら、『一緒に星を見よう』だもん。」  しばらく歩いたあと、少女は明るく言った。 「ゴメン、もしかして迷惑だった?」  少年は振り返ることなく、少女に尋ねる。 「全然。特に予定もなく家族とダラダラ過ごすつもりだったし。むしろ、誘ってもらえてちょっと嬉しかったかな。」  少年は前を向いていたため気付かなかったが、少女は少し顔を赤くしながらそう答えた。 「ところで、どこで星を見るの?」 「んー、『秘密基地』に行こうかなって。あそこなら星も町もよく見渡せるだろうし。」 「えーっ。『秘密基地』って裏山の頂上にある大きな木のことだよね?」 「そうそう。2人で見るのなら、小さい頃一緒に遊んだあの場所がいいかなって。嫌だった?」 「私もあの場所は好きだから良いけど…。それを知っていたらこんな格好で来なかったのに。浴衣汚れちゃうじゃん。」  少女は口を尖らせている。 「ごめん、ごめん。もし浴衣汚れたら、俺も一緒におばさんに怒られるからさ。」  少年は少し笑いながら、少女の方を振り返る。 「星が流れるのを一緒に見るって考えたとき、あの場所しか思いつかなくてさ。2人の大切な思い出のあの場所しか。」  少年の言葉に、少女は少し頬を染めて「そう。」と言って俯いた。 「おー、俺も久しぶりに来たけど、まだ立派に残っていたね。」  あれから2人は特に言葉を交わすことなく裏山まで歩いてきた。『秘密基地』と呼んでいた木は、小さい頃に感じたほど大きくはなくなっていたが、それでも立派に立ち続けていた。  少年は持ってきたレジャーシートを地面に敷いた。 「どうぞ。お姫様。」  手でレジャーシートを指し、うやうやしく少女に言う。少女はクスクスと笑いながら、地面に腰を下ろす。 「はい、お茶と・・・チョコ棒とポテチ。」 「わぁ、準備いいね。ありがとう。」  お茶のペットボトルを受け取り、少女は微笑む。少年はその顔を見て、何も言わず空に視線を移す。少女も少年を倣って、星が降り始めた空に目を移した。空には数分ごとに白く輝く軌跡が流れていく。その様子を2人はひたすらに眺めていた。 「あのさ」  少女が空に目を向けたままポツリと囁く。誰もいないこの場所ではそれでも十分だった。 「なに?」  少年も空に目を向けたまま答える。 「ここでこんな風にシートに座るの懐かしいね。よく、おままごとしてたよね。私がお母さんで、君がお父さんで。」  そこまで話して少女は「あ。」と話を切った。夜空は流星のピークを迎えたのか、白く輝く軌跡が雨のように降り注いでいた。その様子に少女は感嘆の息を漏らす。 「すごい・・・。」 「あのさ」  今度は少年が少し強めの口調で切り出す。 「そのときにした約束、覚えてる?」 「え」  少女は夜空から少年へ視線を移す。少年は星降る空を眺めながら続ける。 「俺がお父さん、君がお母さん。いつまでも2人で居ようねって約束。」  少年は静かに少女へ目を向ける。 「今日改めて約束したいんだ。この先、なにがあっても一緒に居てくれませんか?」  少年はずっと胸に抱えていた気持ちを少女にぶつけた。手は緊張のあまり少し震えている。少年が黙って返事を待っていると、少女は目からボロボロと涙を落とし、小さく「馬鹿。」と呟いた。2人の心が通じ合ったことを祝福するかのように夜空の白く輝く雨は更に勢いを増していった。  ゴウン。  地響きが鳴る。  丁度、2人の通う高校の辺りに土煙が舞い上がっている。 「うん、ごめんね。こんなタイミングでしか伝えることができなくて。」  少年は少女の手に優しく触れながら謝る。  ゴウン。  今度は、駅の辺りに土煙が舞う。商店街の辺りで土煙が舞う。少年の家の辺りで土煙が舞う。 「この辺りにも降り始めたね。」  その惨状を眺めながら、少年は少女の手を握りながら言う。 「でも、大丈夫。なにがあっても一緒に居るから。」  少年は少女に笑いかけながら、静かに語りかけた。  星が降る日。それは数多の小惑星が地球へ降り注ぐ日。  2人の心が通じ合ったのは、一瞬だったのか、永遠だったのか。  それは誰にもわからない。
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