ミハイルside 19~告解~

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ミハイルside 19~告解~

 父親の死を思い出してから、ラウルの崔への怒り、憎しみは以前よりもなお高まっていた。それは日々の何気ない所作や発言にも見え隠れしている。だが相手はあの崔だ。誰よりも冷酷で狡猾な男だ。私は事ある毎にラウルを戒めた。一番の問題は、彼が彼の価値を解っていない、認めようとしない事だった。 「感情で動くな。奴の目的はお前なんだぞ、ラウル」   「は?俺は単なる道具だろう。お前にダメージを与えて潰すための単なる駒じゃないのか?」 「お前はまだわからないのか ? 私にとって一番ダメージになるのは、お前を失うことだ。だからこそ崔はお前を狙って来ているんだ。......ラウル、いい加減分かれ」  彼は自分自身を軽んじ過ぎている。少なくとも、私にとって唯一人の愛しい存在、私に掛け値無しの愛を与えてくれるー彼がそれに気づいているかどうかは別としてー間違うことなき菩薩なのだ。その愛がどれ程私にとって大切なものか、それを失うことが私にとってどれ程の苦痛であり恐怖なのか、彼は全く解っていない。  私は彼の目をじっと見つめた。決して濁ることの無い慈愛の光に満ちた双眸.....私はその瞳に縋ってこそ、自分を立たせることができるのだ。私は正直に私の菩薩に告解した。 「私...は、自分がこんなに弱い人間だったとは思わなかった.....」 「ん?」  「お前がいなくなったら、たった一人で世界と向き合わなきゃならない。....私は正直、それが怖い」 「ミーシャ?」  私は不思議そうに首を傾げる彼を膝に抱き上げて、続けた。  私は......母親を殺せ、と命じただけではなく、自分の父親にも銃口を向けた男だ.....と。  驚いて身を翻えそうとする彼をきつく抱きしめ、髪の中に鼻先を埋めて、私は続けた。彼に聞いて欲しかった。  私は父を撃った。手が震えて、弾が逸れて父を殺すことは出来なかった。.だが、そのために父は歩けなくなり、ボスの座を引退し、それからずっと施設にいる。 「父に麻薬の取引から手を引いて欲しかった。だが、一向に話を聞いてはくれなかった。ある時、それで口論になって.....父が銃口を私に向けた。だから、私も撃った...」 「な....正当防衛だ。咄嗟の時には、人間は自分を守ろうとする。それは本能だ」  私の告白に、彼は動揺したが、だが私を庇って言った。私は真実を彼に話した。 「だがな.....父の銃には弾は入っていなかった」 「じゃあ、脅しだったのか?」  彼は腑に落ちない......といった表情で訊いた。私は小さく首を振った。 「父は私を試したんだ。私がどれだけ本気かをな.....。私は父親を殺せなかった。しかし、彼はその怪我を理由に引退し、結果として私がファミリーのトップに立つことになった」    彼は周囲が反対しなかったことに訝った。当然の反応だ。 「父は銃の暴発ということで、話を片付けた。事実を知っているのはニコライと...邑妹(ユイメイ)は聞いたかもしれないが.....」  私は父の威厳に満ちた眼差しを思い出し、大きく溜め息をついた。 「結局のところ私は父に負けたんだ。嫌だったマフィアの跡目を継ぎ、ファミリーを率いる羽目になった」 「ミーシャ?」  私の頬を滴が伝った。生きてはいるが、私はその時、父親を失った。銃爪を引いた時、私は私の父親よりも理想を選んだ。父は、私のその『覚悟』を待っていた。マフィアのボスとして生温い情よりも鉄の意志を....父は自分の命を賭けて、それを私に求めた。マフィアのボスとして、誰に縋ることも、後戻りすることも出来ない孤独な道に私は立たされたのだ。レヴァントの跡目として.....。 「ニコライ達がいるじゃないか。....お前を真摯に支えてくれてる」  彼はなんとか私を慰めようとしてくれた。だが、それは違うのだ。彼らが支えているのはレヴァント-ファミリーのトップであり、求められるのは威厳あるボスの姿だ。ラウルと夢を語り合った友人、学問に憧れるミーシャではない。 「済まない。俺にはお前の抱えている孤独はわからない」  彼は率直に詫びた。無理もない。彼にとってファミリーは言葉どおりの『家族』であり、『仲間』だったのだから.....。  私は申し訳なさそうに眼を伏せる彼の耳許で囁いた。 「分からなくていいんだ、ラウル。お前が側にいてくれるなら.....。私は、ミハイル-アレクサンドロス-レヴァントというひとりの人間でいられる」 「ミーシャ......」 「大学で知り合った時、私は私の菩薩を見つけたと思った。そしてそれは間違いではなく、私は痛烈に手に入れたくなった」 「無茶が過ぎるぞ.....いくらなんでも」  膨れっ面で抗議する彼の頬に唇を寄せ、軽くキスして、私は続けた。 「お前を手に入れて....私はもっと孤独が怖くなった。お前を失うのがとてつもなく怖い」  今度は彼が私の方に向き直り、頬にキスした。彼の手が私の頬を手挟んで、恨みを込めて見つめ、そして微笑んだ。 「俺は何処にも行かない。だからしっかりしろ。......お前は、俺をお前無しではいられない身体に変えちまったんだからな」  彼は微かに微笑み、私達はキスを交わした。  そして、私は彼の部屋を出た後、初めて父に自ら電話した。父は驚いていたが、落ち着いた声で言った。 『お前はよくやっている。私のことは心配いらない。ファミリーの皆を大事にしろ』  そして、言った。 『私はいつだってお前を見ている。お前を愛してる......悔やむことは、何もない』  涙が零れた。
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