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ミハイルside 22~結婚式~
「なぁ.....本当にやる気か?」
ドレスを着せられ、化粧までされて、ラウルは不機嫌この上無かった。ホワイトフォックスのロングコートを纏わせれば、立派な貴婦人だが、ラウルは、自己嫌悪に凹みきっていた。
しかし残念ながら、私は最高の気分だった。お気に入りのキャメルのコートを羽織り、彼の頭に同じホワイトフォックスの毛皮の帽子を被せた。
「なに、すぐに憂さ晴らしできるさ....」
装甲車並みの装備のリムジンの中で半ば不貞腐れて、彼が訊いた。
「で、今日のツールは?」
「これだ」
細身のM 161、仕入れたばかりの高性能の最新型だ。
「カートリッジは?」
ポンと黒い塊を投げ寄越すと、ラウルはそれをストッキングのガーターに挟んだ。黒いストッキングに白い腿が艶かしい。思わず手を伸ばし、滑らかな肌を撫で上げた。ラウルがピクリと身を震わせる。
「何してんだよ!」
「挑発するお前が悪い」
切れそうな気配の彼を軽くいなし、体制を整える。
「そろそろ着きますよ。スタンバイして下さい」
着いたのは、サンクトペテルブルクからそう遠くはない、バルト海に近い小さな村の外れにある教会だ。ここはプロテスタントの教会だが、正教会も、カトリックも堅く、『マフィアの企みになど加担できない』と拒否されたからには仕方ない。幸いにも、ウチのファミリーにたまたまプロテスタントの牧師の資格を持ってる奴がいたことを思い出した。牧師不在の教会を見つけ、奴を『就職』させておいた。
「やっぱりな....。そんなことだろうと思った」
ラウルは呆れたように言ったが、用意した指輪を見せると、ますますガックリと肩を落とした。
「なんで指輪まで用意してるんだ!?」
勿論、本物の結婚式だからに決まっている。私は素知らぬ振りをして、彼に念を押した。
「話はつけてある。....ちゃんと段取りどおりにやれよ」
「わかってる」
車を降り、教会へと向かう。村人を前もって退去させた甲斐もあり、実に静かだ。先に中に入り、介添人がわりのニコライと腕を組んで、ラウルがバージンロードを進んでくるのを待つ。私は感激に胸が震えた。
白い上着を着ていかにも聖職者らしい奴が聖書を開き、誓いの言葉が始まる。ラウルは仏教徒だと言っていたが、なに、夫には従うものだ。
「汝、ミハイル-アレクサンドロフ-レヴァントは、ラウル-志築-ヘイゼルシュタットを妻とし、病めるときも健やかなるときも.....」
牧師の台詞にラウルが一瞬、固まった。
ーおい、いいのか?ー
私は余裕でウィンクして答える。此処には私とラウルとファミリー以外誰もいない。憚るものはない。だが、宣誓書の名前は間違えずに書かせねば。ヘイゼルシュタットではない、ヘイゼルシュタインだ。
「Da (はい、誓います)」
私は当然、即座に答えた。呆気に取られて言葉も出ないラウルを、つん...と指先で突っついた。
「...... 誓いますか?」
彼は恨めし気に私を見上げ、吐き捨てるように言った。シナリオは全うする、殊勝な心掛けだ。
「Da(はい....)」
しぶしぶと差し出される白い手を取り、左手の薬指にきっちり指輪を嵌め込む。
「では、誓いの口づけを....」
私は天にも昇る思いで彼の肩を抱き、唇を寄せた。軽く唇を合わせ......そして、彼に囁いた。
「来るぞ!」
遠くから、ヘリコプターの羽音が聞こえてきた。次第に大きくなる。車のエンジン音が二度台、三台....。
「Go!」
ワイヤレスで、スタンバイさせておいた部下達に叫ぶ。外で銃砲が鳴り響き、木のドアが穴だらけになる。なかなか派手な祝砲だ。
後ろ手に銃を握りしめるラウルの肩を抱き、『客』の乱入を待つ。
ドアを蹴破り、数人の男が入り込んできた....ー真ん中に崔がいた。ヒステリックな声で奴が叫ぶ。
「相手を間違ってはいけない。その野蛮人から今すぐ離れなさい、レディ。あなたの夫は私だ」
「冗談はやめてくれ!」
ラウルは叫び、私ははっきりと吐き捨てた。
「生憎だったな、崔。もう私達は神の御前に永遠を誓った」
彼が不承不承、頷いた。崔の凍りつくような怒りの叫びが轟く。
「レディ、可哀想に。あなたは未亡人にならねばならない。今すぐに!」
崔の右手が上がり、銃口が一斉に私に向く直前....私のカラシニコフが火を噴き、男達が後ろに跳ね飛んだ。
崔が外へ身を翻し、代わりに手下どもが、駆け入ってくる。ラウルがさっそくM 161の手応えを存味わっている。機嫌良さげな様子で、使い心地ははまずまずのようだ。
私達は居並ぶ『招かれざる客』に目掛けて銃弾の返礼を浴びせた。
「奴が逃げます!」
ニコライの叫び声が聞こえてきた。
私達が、血塗れ、穴だらけになった教会の中から飛び出すとホバリングしていたヘリの縄ばしごに崔が掴まり、引き上げられていた。
と、私達を見つけたヘリが急に向きを変えた。
「伏せろ!」
私は皆に叫んだ。ヘリの機銃が唸りを上げ、地面に突き刺さった。と、ラウルが突然走り寄り、私の上に覆い被さった。ヘリは高度を下げるのを止めて上昇し、再び旋回してこちらに向かってきた。
ラウルはカートリッジを付け替え、止める間もなく私の前に仁王立ちになった。私は狼狽して、叫んだ。
「何をしている!」
ラウルが銃口をヘリに向けた。
「やめろ!ラウル!」
ヘリが旋回して突っ込んでくる。彼は構わず、銃爪を引き続けた。機関手が揉んどり打って倒れ、操縦士が一気に機体を引き上げた。が、その胸も血に染まっている。
「やったぜ!」
「この、バカ!」
私は得意気に鼻を鳴らすラウルを引っ担いで死体の横たわる車の影に隠れた。崔が操縦棹を握っているのが見えた。崔はこちらを一瞥するとヘリの頭を返し、飛び去ろうとしていた。
「あいつ、逃げちまう!」
「心配無用だ」
逸るラウルを抑えて、私はニヤリと笑った。仕掛けはまだある。直後、ヘリの尾翼のあたりが火を吹いた。
「迫撃弾?!」
「そういうことだ」
少々派手な祝砲の後、私はコートのポケットから煙草を出し、ゆったりと咥えた。そしてコートの脱げ落ちたラウルを見た。
「汚れてしまったな....」
獅子の鬣が、口元が返り血に染まっていた。
「血に濡れたライオンか...あんたらしいじゃないか」
ラウルは笑って、私の口元から煙草をひったくり、咥えた。久しぶりの『運動』のとニコチンにいたって満足らしい。困った新妻だ。
「まったく...らしすぎますね。初めての共同作業が、機関銃のデュエットですか.....」
牧師もどきが後ろに手を組みながら歩み寄ってきた。
「あんた、無事だったのか!?」
びっくりするやら呆れるやらのラウルに牧師が一枚の羊皮紙を差し出した。
「祭壇をシールドにしていただきましたからね。.....サインがまだですよ」
私は、ラウルの名前をチェックして、彼を促した。彼は渋りながらも素直に『結婚証明書』にサインした。
「法的には無効だぞ」
彼はむくれたが、私は法などあてにはしていない。
「神様には有効だ」
ラウルは神の御前で私の妻になることを誓ったのだ。私は充分満足だった。
翌日、ヘリを引き上げさせたが、やはり崔の遺体は見つからなかった。
「想定の範囲内だ」
私は『無茶のお仕置き』をしっかりと実行して、ベッドから起き上がれないラウルを宥めた。
「無茶はするなよ、奥さん」
私は、彼の額にキスして、小さく笑って言った。
ラウル左手で指輪がひときわ眩しい光を放っていた。
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