ミハイルside 23~ビジネスマン-ラウル~

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ミハイルside 23~ビジネスマン-ラウル~

「ラウルさんが、ボヤいてましたよ」  ラウルの部屋から出来上がった書類の束とUSBメモリーを抱えて戻ってきたニコライが相変わらずの無表情で言った。 「ん?」 「ボスの『気分転換』をもう少し何とかして欲しいそうです」 「無理だな」    私の言葉にニコライは当たり前のように 「でしょうね」 と答えて、彼の仕事の成果物のチェックを始めた。そしてしばらくの後、メモリーと書類をあるべき場所に収めて、言った。 「あなたに負けず劣らず、ラウルさんは仕事がお好きなようだ。これだけの仕事がこなせれば、立派な管理職になれる」  傍らでパソコンに向かっていたタニアもにこやかに頷いた。確かに趙の教育は正しかった。数ヵ国の言語をこなし、IT にも明るい上に、経営の知識もある。......おそらく何も無ければ、趙同様、貿易商を装って各国のエージェントと渡り合うことも可能だったろう。あの性格でなければ....。 『目を離すと直ぐに無茶をする。その性格をなんとかしろ!』  と、何度叱ったところで懲りない。とにかく無鉄砲なのだ。無茶な真似を好きこのんでやりたがる。生まれついての性分だとは言うが、とにかく気が気ではない。いっそ本当に首輪をつけたいくらいだ。左手の薬指に発信器付きのリングをはめさせ、とにかく動向を見守るしかない。端から見ればどう見たって結婚指輪だ....と彼は不貞腐れるが、当然だろう。私が彼に贈ったのは、私の愛の証、結婚指輪以外の何物でもない。裏側には、きちんと私の本心を彫らせてある。 ー永遠の愛を誓うー 『ちゃんとした、惚れた女性に贈るもんだろう、こんなもんは.....』  彼は凝ったデザインのプラチナのそれを日に翳し、溜め息をつく。ニコライに心血注いで開発した極小-高性能な発信器が勿体ない....と言ったという。ニコライは、私の代わりに色々と食い付かれているようだが、冷静かつ切れるうえに、茶目っ気もある男だ。 「セキュリティ-ツールの性能を確認するのに、実に最適な方ですよ、個人情報保護の問題も起きない。貴重なデータを充分に収集できて助かります、と申し上げておきました。我が社の中枢がここにあり、クラウドシステムを活用して、どんな事態になっても持続可能なネットワーク-システムを構築済みであることも.....。最先端の巨大企業は、俺には理解不能だ、と仰ってましたが」  まぁ、彼のいた環境ではそうだろう。顔を突き合わせ、肩を叩き合って物事を進めていく、昔ながらのコミュニティが、彼らのフィールドだった。 「あの事は....訊いてみるか」  私はタニアの淹れてくれたコーヒーの薫りを楽しみつつ、ニコライに、ラウルの戦争経験を探るように言った。彼のアサルトの扱いは、どう見てもギャングではなく、兵士だ。それも戦場で実践を積んだ人間の....。  扉の外で、ニコライとラウルの戦争の経験の対話に耳を済ませた。ある、と彼は言った。イラクで。対I S の駐留軍に、傭兵で参加していたという。趙が倒れたので、一年で戻った、と言っていた。  ーそうか......ー  乾いた熱砂の地...植物も人の心も渇いて、魂が干上がりそうな不毛な戦い....そんな中にいたのかと思うと、気の毒でならない。  ふと、彼が突拍子も無いことを言い出した。 「まさかミーシャは、I S に武器を流してたりしなかったろうな?」 「してない」  心外極まりない。私は思わず部屋に入り、断言した。 「我が国の軍に提供した武器をI S に横流しされて、えらく不快な思いはしたがな」 「横流しって、誰が.....」  ラウルの言葉に私の内の怒りが蘇った。 「崔か.....」 「手先は全て始末したが、な」  ニコライが深く頷いた。 「許し難い.....わかるだろう?!」 「あぁ」  彼も私の見解にはっきり同意した。 「許すわけにはいかないな......」  そして、私はラウルの戦争経験をもう少し詳細に調べるよう、ニコライに言った。彼の軍歴には空白がある。それは、サンクトペテルブルクを去って以来、ずっと彼の足取りを追っていた私に掴めなかったある時期に関して、諜報局から極秘に知らされたことだった。    
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