ミハイルside 25~愛しのスパイ候補生?!~

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ミハイルside 25~愛しのスパイ候補生?!~

「えっ......?」  困惑する彼を逃さないよう、両腕に力を込めて押さえ付け問いただした。  「イラクに従軍したのは一年かもしれないが、それ以前に別な場所で軍事訓練を受けていたはずだ...」  私はラウルの鳶色の瞳を見据えて、言った。 「お前の足取りが三年間、空白になっている。何処にいた?.....ドイツか?アメリカか?」 「何を急にそんな.....」  彼は何とか言い繕ろおうとしていたが、その唇は素直に白状した。スパイ失格だ。 「ベルギーだ....。オヤジに言われて.....軍事教練は受けていたほうがいいから....って。だからって何で?」  私の唇から大きな溜め息が漏れた。盲点だった。ドイツ本国ではなく、ベルギーだったとは。 私は真実を彼に告げた。 「お前が行ったのはNATOのスパイ養成所だ。ハッキングもそこで習得したろう?」  彼は動揺した。教官には普通の軍事訓練と聞いていたという。 「だからって、なんでロシア諜報局が知ってるんだよ!」 「それは機密事項だから言えない。が、諜報局のリストにお前の名前があった」  当然の疑問ではある。なぜ私がロシア諜報局のリストを知ってるのかも、軍事機密だから言うことは出来ない。肝心なことはそこではない。私ははっきりと言った。 「だから、私が買った」 「買った?!」  彼が眉をしかめた。構わず私は続けた。 「お前の始末をする権限を買ったんだ、諜報局から。そうしなければ、お前は間違いなく消されていた。」    何とか私の手の内に取り込んで庇護したかった。だが事情を知らない彼は当然の如く拒んだ。他の奴らの手にかけるくらいなら、と思い詰め、諜報局の条件を呑んで、彼を買った。狂気の沙汰と言われようと、彼が他の誰かに殺される姿などどうあっても見たくなかった。  彼には信じられない話だろう、だが事実だ。 「ミーシャ......」  彼が私の顔を覗き込んだ。私は語りながら思わず涙ぐんでいた。彼の名をあの忌まわしいリストに見つけた時には本当に息が止まりそうになった。そして彼を撃たねばならなくなったとき、心の底から神を、運命を呪った。 「だから.....あの偶然は、私にとっては、神の恩寵そのものだった。こうして、何の問題もなくなったお前を抱きしめられる」  彼は私の腕の中でちょっと眉をしかめ、訊いた。 「彼は?俺の身体に入ったアイツは大丈夫なのか?」  私はまったく忘れていたが、元の身体の持ち主としては当然の危惧ではあろう。けれどやはりラウルは優しい。 「大丈夫だ。マレーシアにいる間に刺青は消させて、痕も消した。顔は日本の私の配下に整形させた」  あの肉体の持ち主は、彼はもうラウルでは無いのだから。私の言葉に彼は安心したようだった。が、いきなり思い出したように叫んだ。 「お前、俺がサンクトペテルブルクを出てからの動向を全部探ってたのか?......まんまストーカーじゃねぇか?!」  私にとっては愛する者の有り様を把握しておくのは当然のことだ。巷で言うようなストーカーではない。 「当然だろう。ラウル、私にはお前以外求めるものは無かったんだから...」 「あのなぁ......」  彼は呆れたという表情で黙り込んだ。意外にも、特に最近のラウルは私に監視されることにあまり怒りを見せない。諦めの境地だ....と言うが、呆れつつも、私という人間を受け入れてくれている証拠だ。他のどんな女でも男でも、彼ほど寛容ではないのを私は知っている。私はその慈愛に応えなければならない。 「崔になんぞ、指一本触れさせない」  ラウルは息巻く私の頭を抱き寄せて、額に口づけた。 「大丈夫だ。俺は.....父さんの仇を取るだけだ」  私はようやく安堵してラウルを抱きしめた。ずっとこの腕の中に閉じ込めておきたいと、真剣に思った。
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