ミハイルside 27~負傷~

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ミハイルside 27~負傷~

 それは私にとっては失態だった。  ある企業の幹部と商談を終え、ドアから出てきた時だった。向かいのビルの影から走り出てきた少年の手から覗いた銃口に気付き、咄嗟に身を交わしたが、弾丸は私の腕をかすめ、背後に立っていた警備員の胸を撃ち抜いた。幸いにも36口径の弾は防弾チョッキに阻まれ、警備員は負傷したが、命に別状は無かった。  刺客の少年は即座にボディーガードに肩を撃ち抜かれ、アスファルトの上にもんどり打って倒れた。ニコライの報告では、重度の麻薬中毒患者だという。 『ウクライナの出身で、騙されて薬漬けにされ、西側のどこかの娼館で働かされていたようです。数日前、アジア人が来て、『仕事』を命じられたとか.....』 『崔の仕業か.....』 『ええ。銃は昨日、渡されたばかりだそうです。クスリ欲しさに.....それと成功したら自由にしてやると言われたそうです』 『この世で、ではなくこの世から....か』 『おそらくは......』  少年はクスリの禁断症状に耐えきれず暴れ出し、建物から転落、死亡したという。 『許さん....』  私は崔に対する怒りをつのらせた。  が、さしあたっては、このアクシデントをラウルに気づかせないようにせねば、と思った。彼は意外に心配性なのだ。  そうは言っても、夜になれば、私はラウルの姿を見ずにはいられない。とりわけこんな夜には彼の温もりが恋しくなる。私はガウンを羽織り彼に腕の包帯を気付かれないよう、慎重に事に及んだ。  が、しかし彼は鋭かった。行為の最中、ラウルはやにわに起き上がり、私を見据えた。 「お前、何を隠してんだよ!」 「どうした?ラウル......なんのことだ?」  私はいつもどおり平静な声音で、表情を変えずに答えたつもりだった。彼はそれを見逃さなかった。 「腕....見せてみろよ。ガウン脱いで.....」 「藪から棒に何を言い出すんだ。別に何も...」  言い終わる前に、彼はさっさと私の濃紺のガウンの上半身を引っ剥がし、上目遣いで私を睨んだ。夜目にもはっきりわかる左腕に巻かれた白い包帯.....。 ーしまった.....ー と悔やむ間も無く、彼は切羽詰まった声で言った。 「どうしたんだ、これ!?」  私は彼を宥めようと小さく笑った。 「.....ほんのアクシデントだ。大した怪我じゃない」    だが、さすがにラウルはそういう場面に何度も出会してきた男だ。誤魔化そうとしてもすぐわかるらしい。  「撃たれたのか?」  私は平静を装い、さっきと寸分違わぬ口調で答えた。 「違う。.....ちょっとした事故で切っただけだ。大したことはない。.....すぐに塞がる」 「嘘つけ!」  私は片眉を上げて、小さく息をついた。誤魔化しは効かないらしい。 「嘘などついていない、ラウル。.....大丈夫だ。こんな小さな怪我に、そんなに慌てるな...」  私は指で俺の頬に触れ、そっと唇を重ねた。 「まぁ、ちょっとしくじってしまったが、お前がそんなに心配してくれるなら、悪くはないな」 「そういう問題じゃない。心配って.....びっくりしただけだ。いきなり怪我なんかしてたら、誰だって驚く」  彼は、はっ....と顔を俯けた。頬が少し色付いている。私を気遣う、その気持ちを覚られたくなくて....。本当にシャイな男だ。彼の耳許で私は小声で囁いた。 「驚かせてすまないな。....だがお前に心配されるのは悪くない...」 「だから.....」 私は彼をベッドに引き倒した。狼狽える表情がとても可愛らしく愛おしい。 「そんなに可愛い顔をされたら、我慢できんな...」  私は指で彼の脇腹をなぞる。彼はぶるりと身体を震わせた。彼も欲情しているのだ。  私がのしかかろうとすると、彼はぎゅっと眼を瞑り、早口で言った。   「俺が上になる。.....あんたは大人しくしてろ」  私は思わず眼を見開いた。可愛い妻の申し出につい口許が弛んでしまい、軽口を叩いてしまった。 「ご主人様にしっかり『ご奉仕』してくれ、パピィ」 「その言い方はやめろ!」  彼の手が少しだけ、きゅっ....と私のモノの先端を抓った。ほんの少しだが、さすがに愛しい妻のお仕置きはハートに効いた。 「『旦那』は大切にするもんだぞ、奥さん」 「あのなぁ....」  そうして埒も無いやり取りをしながら、慎重にだが、私は存分に彼の『愛』を堪能した。    翌日、ニコライが、早々にラウルに呼び出されて追及されたと報告してきた。 「ボスが傷を負われた事にひどくお怒りでしたよ。かすり傷だと申し上げたんですが....」 ー俺はヤツのパートナーだ。ヤツの身を案じるのは当然だろうー  と息巻いていたという。思わず頬が弛む。 「ラウルさんには、ボスを思うお気持ちは分かりますが、血気に逸られてはかえって迷惑ですと申し上げたんですが、無茶はしないから、あなたの置かれている現状くらい教えろ。自分はあなたの妻なんだろうと詰め寄られました.....」 「それで?」 「本社が危うくテロを仕掛けられそうになったこと、あなたがスナイパーに狙われたことは白状しました。事態は収拾しているので、下手に動かないよう、ボスやファミリーのことを思うなら、じっとしているよう、申し上げました。無論、崔の狙いはあなたでもある、と釘を刺しておきました」 「でも.....」 とニコライは少しだけ嬉しそうな顔をして言った。 「俺だって男だ。ヤツを守りたい....と仰ってました」 「ラウルが?」  私は、内心、この上なく感動していた。 「愛されてますね」 「当然だ」   冷静を装って言いながら、頬の弛みはなかなか治せなかった。  数日後、ニコライがGPS発信器つきのカフスボタンとタグネックレス、超硬質金属製のシガレットケースを作らされた....と耳打ちしてきた。 「あなた用だそうです。.....まぁ、浮気防止に持たされていると思ってください」  ニコライはちょっと苦笑いしながら言った。  私は素知らぬ振りで嬉しそうにタグを着けさせる彼の目の中に、間違いなく『漢』の光を見た。ずっと陰をひそめていた、彼らしい表情だった。
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