ミハイルside 28~天女の憂い~

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ミハイルside 28~天女の憂い~

 アイリスの花を四隅に彫りこんだ磨りガラスのドアの中がほんのりと灯りが点っている。そっと中に入ると、浴室が優雅な甘い香りに包まれていた。片隅で、ラウルがじっと眼を閉じて冷水を浴びていた。日本人というのは、滝に打たれるのが好きと聞いていたが、ラウルもかなりだ。私は溜め息混じりに歩み寄った。 「滝に打たれてるつもりか......?悟りでも開くのか?」  傍らから手を伸ばし、蛇口を閉めた。水の音が止み、ラウルは首を巡らせて私を見た。 「ミーシャ?」 「どこにいるのかと思えば.....探したぞ」  軽く頬にキスして、胸に抱え込む。ラウルの目が私の左腕を傷痕を凝視していた。 「.....ちょっと汗を流してただけだ」  彼は私の頬にキスを返し、俯いた。 「一時間もか?.....東洋人の風呂好きは理解し難いな」 「日本人だからな、俺は」 私は軽く揶揄ったが、彼は笑わなかった。 「どうしたんだ?」  何かしきりに考え込んでいる。私は不機嫌になり、彼をじっと見た。 「なんでもない.....」  黙りこむ彼の膝の裏を掬い上げ、まずは身体を温めさせることにした。唇が青ざめていた。 「わ....何すんだ!」 「風邪をひく」  腕に抱えたまま彼の細い肢体を大理石のバスタブに浸け、湯を注ぎ足す。湯の温もりで心身の解けた彼が口を開くのを待った。 「なぁミーシャ.....」  彼はおずおずと切り出した。 「なんでオヤジは俺を助けたんだろう....」 「ん?」  私は彼をじっと見詰めた。悩んでいたのは、そこか。イリーシャの言う『プライベート』の意味がわかって、私は少し安心した。 「.....イリーシャから聞いた。父さんはNATOのエージェントだったんだろう?敵なのに、何故オヤジは俺を助けて....」 「過酷な『敵』と向き合えば共闘もするし、友情も生まれるさ」  私は彼の胸元をまさぐり、言った。緊張した胸筋を解しつつ、薄紅の突起を弄ぶ。 「でも俺なんかを育てるために、組織を裏切るなんて...そんなこと.....あっ...」  胸の突起を摘まみ、リラックスさせようと試みたが、なかなか彼の思考は趙から離れない。 「それも.....二重スパイなんて....」 「それは違うだろう」  私は仕方なく、彼に言い含めるように言葉を紡いだ。 「趙はお前を立派に育てることに生き甲斐を見出だした。だから、組織を利用した。KGBもNATO も利用しただけだ。彼にとっては組織は生き延びるためのツールに過ぎなかった。お前という息子と幸せに生きるために.....」 「そんな......ああぁっ!」  私は、少しばかり腹をたて、彼の敏感になった二つの突起を軽く抓った。私の悪戯に体を仰け反らせながら、彼は泣きそうな目で、私を見つめた。 「お前だって.....ミーシャ.....俺なんかのために国に大きな借りを作って......そんなこと....」  鳶色の瞳に大粒の涙が浮かんでいた。純粋な透明な滴......。胸が締め付けられるようだった。私は彼の顔をじっと見つめ、優しく叱り、諌めた。 「ラウル.....『俺なんか』などと言うな。趙の人生を否定するような事を言ってはいけない。.....それに私は、お前がいたからこそ、ここまで這い上がったんだ。私だって、自分の希むもののためには何だって利用する。国だろうが、組織だろうが.....お前を手に入れるためなら、利用できるものは何だって利用する。ただそれだけのことだ」  それは嘘偽りない私の真実だった。この清らかな涙以上に大切なものはない。私は彼がいたからこそ強くなることを希んだ。そして、ここまで駆け上がった。大切なもののために...。 「ミーシャ....お前...」  口ごもる彼を見据えて、私は続けた。だが、私が彼をどれほど大切に思っているか、言葉ではどう語っても伝えきれない。 「ラウル.....お前、まだわからないのか?.....躾が足りていないようだな」  私は俺の後孔に指を潜り込ませ、敏感な部分を押し潰した。 「あっ.....ミーシャ.....だめ......ひぁ...ああっ」  身体をがっしりと押さえ付け、柔らかな肉襞を強く擦りたてた。彼は身を捩り、啜り泣いた。私は思いのたけを込めて囁いた。 「聞き分けの無い子には、お仕置きをしないとな.....。ここでするか?それとも....?」 「ベッドにしてくれ....」  彼は項垂れて、叱られた仔犬そのままに私はの腕に身を委ねた。私は彼の身体を拭い、ベッドに運んだ。 「本当に....お前は......」  眼を潤ませて口を尖らせる彼は、あまりにもいたいけで、あまりにも純粋で愛らしい。マフィアの若頭で肩で風を切っていたなど、到底信じられない。自分を守るための、厳つい仮の姿を脱いだ彼は天女、観音菩薩そのものだ。そう、初めてあったあの時のままだ...。 「愛してる.....」  その一言が私の思いの全てだ。そして、この世の全てを変える魔法の言葉だ。私は彼によってそれを知った。彼の『愛』によって.....。
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