(六)

1/1
前へ
/9ページ
次へ

(六)

     (六) 「じゃあ、いってくるね」  ドアに向かいながら人形に声をかけた彼女は、つとその足をとめた。  そしてソファーの正面にまわり込むと、それを抱きあげ―――。 「あら……」  ガラスの瞳を覗き込み、洩らした。  どうして……。  瞬時視線を投げただけで感じ得た違和感は、ひとえにつき合いの深さがなした業だろう。  オリーブ色が漆黒に……。  黒が薄れていくのであれば、経年劣化等でありうるのかもしれないが……。しかしグラスアイに、劣化はほぼないと聞いたことがある……。  いやそれよりも、さっきまではたしかにいつものオリーブ色だった。そんなすぐの変化など、あり得るとは思えない。  だったらなぜ……。  しばし首をひねっていた彼女だったが、漆黒の瞳を持っていた久江の叫びは、聞こえない。それは、ジャズの流れがやんでいても。 「ま、いっか」  空腹が思考をしのいだ彼女は、元通り人形を座らせると、照明を落とし階下へと向かった。  再び窓外に浮かびあがった星々にでも届きそうな絶叫は、しかし、七六年後―――二〇六一年にならなければ、誰の耳にも入ることはない。                                  〈了〉
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加