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(五)
(五)
動く視界、動く四肢、動く心肺―――それよりも、出窓に映る彼女の姿が、人間になった実感をわかせた。
七六年前のあのとき―――瞬間、自分がどうなったのかわからなかった。
それを理解させたのは、チャコの、私を見つめる生の輝きを持った瞳。そして、それを抱く驚きを隠せないそれまでの、「私の顔」だった。
チャコ―――。
やはりその名も、彼女の瞳の色から私がつけた。
私の目より明るい、茶色の虹彩を持った人形。私がそれまで大切にしていた……。
―――チャコは私と入れ替わった。
ではどうやって……。
考えた末にたどりついた―――。
祈ったはず。今日の私のように。
それまでにもチャコは、星に向かい、ずっと合わせられない手を重ねていたのではないか……。
それが七六年周期のあの世界一有名な彗星に願ったとき、やっと叶ったのでは……。
いきなりの変化はそうとしか考えられない。
七六年に一度という神秘性が、偶然という頭をまったくもたげさせなかった。
入れ替わったチャコの明かした言葉は忘れはしない。
「ごめんなさい。あなたに恨みがあるわけじゃないの。どうしても戻りたくて……」
喜びと憐れみが入り混じる「私の顔」でいったその台詞が、チャコもその昔、自由に動ける人間であったことを知らせた。
だからこっちも、恨みや憎しみなど抱けなかった。
七六年たった今、私の姿を持ったチャコはどうしているか……。
元気にしているか……。
それともこのすぎた年月からして、この世には……。
いっときめぐらせた想像は、はやる心を押さえるためだったのかもしれない。
そして私は祈った―――。
“彼女に、どうか彼女になれますように”と。
閉じない瞼の下から見た、ひと際輝きながら流れた星は、ほどなくして結果を出した。
「やっぱり、偶然ではなかったわね」
ガラスに映った彼女の―――私の新たな顔が囁きかけた。
「どこからどう見ても、あなたはもう人間。だから彼女があなたを疑うことはない」
キッチンの出窓に貼りついた、目尻のしわとあごのたるみを隠せないでいるそれは、そうも添えた。
私も彼女―――いえ、もうお嬢さまと呼ばなければ……。
私もお嬢さまのような家庭で生活し、お嬢さまのような美貌を持てれば、過去とはまったく違った人生を送れたことだろう。
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