短編「快晴」

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短編「快晴」

夏の、気が狂ってしまいそうな程に暑い日、私の学校には転校生が入って来た。高二の夏休み前に転入なんて、可笑しな話もあった物だと一瞬思ったが、親の急な転勤との事で納得してしまった。髪は長くボサボサと乱雑に整えられていない様子でどこか陰鬱な印象を受ける中肉中背の男子だった。私が茫やりと考え事をしていると其の転校生は私の隣の空いている席に座った。思わず凝視して仕舞い、更には其の際に目が合ってしまったので、相手も何事かと睨んで来た。悪気は無いので勘弁して欲しい。 ──█── 翌日、一限目早々に抜き打ちの小テストがあった。横の席の彼を見ると、少し慌てている様子だった。転入して間も無いので授業範囲の違いに焦って居るのかと思ったが、背負鞄を漁る姿と机上に出ている筈の文房具が無い事に気が付いた。彼にそっと手招きをして見ると、彼は食いつくように私を睨んだ。私は余りのシャーペン一本と消しゴム一つを他人に気付かれない様静かに渡すと、彼は打っ切ら棒な風に静かに「ありがとう」と呟いた。人に余り感謝され慣れて居無かったからなのか、其れ共髪の下が案外整った顔立ちをしているからなのか、私はその言葉と仕草に少し魅惑的に見えてしまった。 六限目、先の試験結果が返された。結果はまあまあの出来だった。すると横から例の彼が他の人に聞こえない声量で「テスト何点だった?」と訪ねて来た。私が点数を伝えると「勝ったな、」と点数を見せびらかして来た。此でも学年では上位に居るつもりではあるが、筆記用具を忘れたり不真面目で陰鬱な印象を受ける彼が自分よりも賢い事は正直意外だった。悔しさと同時に驚きもあってつい貸さなきゃ良かった、と言ってしまった。其れに怒るでも無く彼は「酷いな」と笑いながら返してくれた。彼との距離が少し縮まった気がした。 ──█── 夏休みが始まり、然して特に変わった事も無く終わり、何時もなら再開する授業に憂鬱な気分になる時期だが、私は少ない、と言うより一人しか居無い友人に会うのが楽しみで仕方無かった。彼とは夏休み前までにそれなりに距離が近づいたと思っている。思っているだけだったっと言うオチだけは御免だ、考えただけでも寒気がする。教室に入ると何時も通りに挨拶してくれる彼に少しだけ胸を撫で下ろす。唯、挨拶をした時の顔が少し暗かったのが気掛かりだった。少し不安な気持ちになりながらも、私は密かに考えていた計画を再度脳内でシミュレーションした。 ──█── 放課後、私は彼を校舎裏に呼び出した。彼が少し落ち着かない様子なのは、私の意図を読み取ってか、其れ共別の事情があるのかは分からないが、そういう態度を取られるとコミュニケーションが苦手な身からすれば心臓に悪くて仕方無い。暑い日ですね、そう言ってみる。「そうだね。」と彼は返す。沈黙と緊張が暑さをより一層際立たせて居る気がした。静寂を切り裂いたのは彼からだった。 「あ、あの、何の、用、ですか……?」 改まった敬語、途切れ途切れの上擦った声で問いかける彼に、私は勇気を振り絞り何とか言葉に出そうとする。 「あ、あのその……今までずっと…………」 ─────す、好きでした、付き合って下さい! 言ってしまった、これで失敗すればまた独り法師に逆戻りだ。我ながら軽率な行動だったと思う。然し、此儘では思いを伝えられ無かったのも又事実。藁にも縋る思いで彼の返答を待った。 「お、俺で良ければ……良いよ、その、うん。」 「へ? ほ、本当に?」 てっきり振られるとばかり思っていた私は、思わず素っ頓狂な声が出る。 「そっちから言って「本当に?」は無いだろう? あはは、」 「ご、こめん……えへへ」 斯くして、彼と私の交際が始まった。唯、私が気掛かりだったのは、彼の顔色に何処か寂しそうな表情が時々混じって居た事だった。 ──█── 「話があるんだ。」 そう言われた。怖くなった。自分は振られるのでは無いか、そう言った不安が私の心を埋め尽くした。だが、現状はもっと酷い物だった。 「来週、転校、する事になったんだ。親の都合で。本当は前から言おうと思ってたんだけど、ゴメン。中々言い出せずにいて……。」 そっか、其れしか口から出せなかった。もっと、もっと早くに気付いて居れば良かった。悲しそうな表情は、哀しそうな表情は、寂しそうな表情は、淋しそうな表情は、ずっと前から気付いていたのに、その理由をもっと早く、聞いて居れば良かった。そんな事を思っても、後の祭りだった。 「良いよ、休日に会えば良いんだから。もし会えない位遠くに行っても、連絡先は交換してるんだし。」 私がそう言うと、彼は何かバツが悪そうに表情を沈める。未だ、何か有るのか。段々の血の気の引いて行く私に、彼は言う。 「親が、恋愛禁止って言ってきたんだ。今までずっとバレないようにやってたんだけど、流石に一ヶ月も付き合えば、バレちゃうみたいでさ。」 苦笑いを浮かべながら彼は言う。嗚呼、私は振られたのだ、そう思った。私が人付き合いが苦手な理由。其れは嘘だった。私は嘘を吐けば直ぐに分かって仕舞う。何故だかは分からない、本当は私の単なる被害妄想なのかも知れない。其れにしたって、子供でももう少し増しな嘘を吐くだろう。此人は嘘が下手糞だ。だからこそ、愛していた。好きだった。 「そっか、なら仕方無い、よね。」 一瞬、彼の瞳の雰囲気が変わったのを、私は見逃さ無かった。否、見逃せ無かった。見付けてしまった。最初から分かって居た。美形で頭の良い彼と、頭が底底、顔も宜しく無い法師な私では不釣り合いだ。きっと、彼は転校してまで私と付き合いたいとは思わ無かったのだろう。 「今迄、有難うね。」 「……おう。」 斯うして、私の一夏限りの恋愛は、幕を閉じたのだった。付き合って直ぐに別れる彼と、私は別れられて良かったのかも知れない。何だか靄が取れて晴れ晴れした気分だ。私は少し成長した気がした。今迄周囲の人間を自分からも避けて居る事に気付いた。だから、此有難うも、私の心からの気持ちなのだ。 爽快とした気分とは反対に、空気は蒸し蒸しと厭な暑さだった。けれども。空は青々として、正しく快晴だった。
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