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玄関扉がこする音を立てて開いた。やはり物音ひとつしない。……珍しい。誰もいないのか?
部屋に入ると、空缶やつまみが散乱していた。ひんやりと冷房の痕が室内に残っている。
「誰か……いるか?」
無機質なカラーバーを映したテレビが点け放しになっている。
スマホやアクセサリーをローテーブルに置き、そろり、とソファに掛けた。
音のないテレビ画面を見つめる。と、風呂場から水滴が落ちる音がした。
ちっ、隠れてやがるのか。
風呂場へ立とうとしたときだった。
ツーーーーーーーーー
無音だったカラーバーの映像から音が鳴った。
驚いてテレビに向くと、画面が勝手に切り替わった。右上のチャンネル表示がゆっくり切り替わっていく。
リモコンはローテーブルに置かれたままだ。
目を背けることができなかった。画面は少しづつ速度を上げて切り替わっていく。右上にあるチャンネル表示の数字だけがみるみるカウントアップしていく。
目下に光をとらえた。ローテーブルに置いたスマホが光っている。
ブーーーーーーーーーー
耳に張りつくような音とともに、268という数字を記し、テレビ画面は止まった。薄暗い部屋が映っている。
見覚えがある場所だ。……うちの……風呂か。
声が出ない。画面を気にかけながら、目の前で光るスマホに手を伸ばした。聡から返信が来ている。
『悪いな、今日。でも、感謝せえよ。お前が言う新入りちゃん、繋いだったから。部屋の番号、教えといたから』
風呂場に目をやる。立上がりの白い木枠に、血がついていた。
息を止めた。
目の前にひらりと何かが落ちた。長い髪の毛だった。ちかついていた照明が、ふ、と切れた。
見上げられなかった。
動けない。テレビ画面を見たまま首も動かない。薄暗い風呂場の映像には、黒く、三人の人影が映っていた。
顔が強張り、知らず涙が流れた。聡からのメッセージを映していたスマホの明かりも消えた。
耳の横を白い手が通りすぎる。その冷たい手で両頬が挟まれた。手は、顔を無理に天井へと向けた。涙が落ちた。天井に艶かしい女が張りついていた。
大の字で天井に張りつき、長い黒髪がこちらに垂れている。肩からもう二本、長い腕が生えている。その手に捕まれている。気持ち悪いとか、そんな感情が湧くこともなかった。
白く異様に長いその手が、ゆっくりと俺を天井へ引き寄せる。もがくが、びくともしない。無表情のまま、女の口が開いた。裂けるように開いた口には、鋭い歯が並んでいた。
ラッキーなんかじゃなかったな。最期にそんなことを思った。遠くで、ひぐらしの啼く声が聞こえていた。
了
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