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へえ、新しいバイトが入ったのか。聞いてなかったな。
積み上げられたレンタルコミックを運びながらレジを見た。
白く細い女性だ。今時では珍しい黒髪のロングストレートで、少しの艶かしさがある。
ちょうど入れ替わりのシフトだったようだ。入り時間でバタバタしている間に、その女性は上がってしまっていた。
「ちっ、声かけ損なったわ」
舌打ちすると、隣で片付けをしていた聡が眉を寄せた。
「は? 声?」
「ほら、さっきの。黒髪ストレートの新入りちゃんに」
聡は首を傾げた。めちゃくちゃに折り曲げられたコミックを苛立たしげに直している。
「いたっけ? そんなの」
「とっかえひっかえ遊んでる聡にゃ、ああいう可憐な子の魅力が分からんねやろな」
聡は鼻で笑った。
「可憐て」
バイトが終わるのは、深夜二時を過ぎる。後片付けを終え、聡に手を振って原付を走らせていた。
溜め息をつく。
これで疲れが終わるわけじゃない。バイトで疲れた身体を休めようにも、家には決まって誰かがいる。今日も馬鹿騒ぎしてるのだろう。おちおち寝られないのだ。
信号待ちでエンジンを切ると、深夜のコンビニへ出向くカップルの笑い声や、遅れて啼く蝉の声が聞こえてくる。
隣に幅寄せしてきた車を睨みつけ、青に変わる前にスロットルを回した。
オートロックを解除すると、風除室に溜まっていた暖かい空気が一斉に建物内に入ってきた。
部屋の前に着くと、嫌気がさした。今夜も共用廊下まで騒ぎ声が響いている。
この建物は部屋の玄関も暗証番号式になっている。六桁のボタンを押しながら、部屋内から聞こえる喧騒にため息を吐く。
ドアを開けると、酔った騒ぎ声とともに、「おかえりー」と、陽気な声が飛んできた。
綺麗だった壁紙が、今ではうっすらとヤニで黄ばんでいる。
「……てかよ、こう毎日居つかれちゃ休めねえよ」
酒盛りをする三人の友人に向け、唇を尖らせた。
「まぁ、そう言うなって」
三人はすでにカラーバーになったテレビ画面を見ながら、笑った。
せっかくの選び抜いたインテリアも、この騒ぎで台無しだ。ほんと、こいつらは。俺の部屋を返せと言いたくなるが、結局は乾杯して笑い合った。
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