千里の道も一歩から

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この2ヶ月間、あの人を見ていて知れたことは少ない。現に、名前も歳も知らないし、声すら聞いたことがない。 見てて発見したところは、目の前を人が通ると、ふっとその視線をあげるところだとか、テスト前(のはず)はスマホじゃなくてノートを見ているところだとか、スマホ画面を見て少し笑うところだとか。 一つ一つの表情が、愛しい。 最初は、見ているだけでよかった。 だんだん知るのが嬉しくなって。 もっと、知りたくなって。 話したく、なって。 知らない人。 何も、知らない人。 でも、それでも、   すき  だと思う。 心がそれだけで満ちるほどに すき だと。 1つ目の駅に着いた。 ――あと、3駅。 今日も何も起こらない。 4、5人が電車に乗り込み、ドアが閉まった。 その中の制服を着た高校生らしき男子が一人、私のそばのドアの近くに立った。 リュックを足元に下ろし、スマホを取り出している。その男子は向こうの座席のポールを掴み、スマホの画面に釘付けになっている。 あれならチラチラ見ていることをバレなさそうだ、と思う。それとともに、座席が空いている中一人立っているのを不思議に思った。 しばらく律儀なのかなとか、校則なのかなとか考えていたが、あの人を見ていないことにハッ とし、あわてて向こうにちらっと目をやった。君は、変わりなくスマホを見つめていた。
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