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私は、そっと席を立つ。
君がさっき握っていたポールを握った。
2人の会話をさっきより近くで聞いている。
寂しさと、嬉しさの混ざった心が煩わしい。
車内アナウンスが流れる。
電車のスピードが落ちてきた。
あぁ…もう、終わる。
君との5分。
キ―――――
ブレーキ音が鳴り響く。
「さっきリュック倒してたよな。」
「あぁ、マジハズかった。」
「へへッバーカ。」
「あ!ひど!」
また君たちのじゃれ合いが聞こえる。
「わっおい!」
君のあわてた声が聞こえる。
ちらっと見やると、君の背中がこっちに向かってきていた。
え?
ドン
目を閉じるとともに衝撃を感じた。
「っっ」
肩に痛みが走る。
それと同時にさわやかな洗剤のにおいを鼻で感じる。
目をあけると、すぐ近くに白いワイシャツが映った。顔を上に向けると、君の腕が私の頭の上のポールに伸びていた。その手はポールをしっかりと握っている。無意識に視線をずらす。
そこに、君の顔があった。
ありえないほど近距離で、目が合う。
ガタン
停車した電車が大きく揺れた。
その拍子に君と私の顔が、おでこがくっつきそうなほど近づいた。
顔を背けようとしたがあまりの近さに一ミリも顔が動かせなかった。
君が、ものすごく慌てた様子で大きく後ずさる。
「すっすいませんっ、だだ、だいじょうぶですか。」
言いながら君はたじたじと足を動かす。
同時に電車のドアが開く音がした気がした。
あまりの近さと、突然の出来事で頭が追いつかないまま私は返事だけする。
「だ、大丈夫、です。こちらこそ、すみません。」
「いえっこっちが悪いんです。本当に、怪我とか…。」
君は私が謝ったことによほど慌てたらしく、私に手のひらを向け、その手を激しく横に振っていた。
それに応えるように、私はフルフルと頭を振った。
「ほ、本当に大丈夫です!」
言った後、ペコっとお辞儀をして背を向け、先程開いたらしいドアに一直線に向かった。
「あっ…。」
君のそんな声が聞こえた気がした。
電車を降りて、振り向くかどうか迷っていた私の後ろでドアが閉まる。
駅内アナウンスが流れた。
少しして電車が発車する。
そっと私は後ろを振り返った。
もう君は見えなかった。
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