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小学生のとき。
家族で行った公園の原っぱで、大の字になって寝転がったことがあって、わたしの視界は、雲ひとつない夏空だけになった。
ほんとなら「キレイ」って思うはずなのに、そのときはなぜだか、そのまま空に落っこちてしまいそうな気になって、とっても怖くなったのを今でも覚えている。
わたしたちが生きているこの世界、ほんとは地面と空が逆さまなんだって、それが真実なんだって、気がついてしまったんだと思う。
それからわたしは、空を見上げるのが苦手になった。
でもこの不安をひとに打ち明けても、ほとんどみんな「気にしすぎ」とか「繊細すぎる」とか、そんなことを言って、ぜんぜん相手にしてくれなかった。
だからわたしは、この不安をだれにも言わなくなった——
◆◆◆
——八月十六日。
お父さんもお母さんも仕事で、三つ上で高二のお兄ちゃんは部活だったから、わたしはひとりで家にいる。
家でひとりで過ごすのは、とっても楽しい。
好きな音楽を聴きながらマンガを読んで、飽きたらネットで動画を観て、眠くなったら眠れるし、おなかが空いたときにゴハンを食べればいいし、たぶんこれがほんとの自由だ。
そんな時間を満喫しながら、ベッドでゴロゴロしてマンガを読んでたら、
グーキュルルルルル!
って、お腹が鳴った。
中二になってから、よくお腹が鳴るようになった。
授業中にもいちど鳴ったし、あのときはほんとに恥ずかしくて死にたくなった。
お腹が鳴るようになってから、背もどんどん伸びはじめて、気がついたらいま168センチになってる。
それにさいきん目が悪くなったから、ひとを睨むように見てしまうクセがついちゃって、声も低くなったし、それに人見知りなせいで、しゃべりかけられても上手に返せなくて冷たい感じのこと言っちゃうから、みんなにどんどん怖がられるようになった。
ほんとのわたしは、逆さまの空に落ちるのを怖がってる臆病なだけの人間なのに、いつの間にか「クールな清水杏子」の着ぐるみを着て生活してるみたいだった。
グーキュルルルルル!
また、お腹が鳴った。
わたしは起き上がって、お母さんからもらってた千円札を持って、コンビニへ向かった——
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