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第十二話:幸せな筋肉痛
「……ト、起きて」
かすかに肩を揺らす振動と共に、懐かしい声が聞こえてくる。
その声に呼応するように、ゆっくりとまぶたを開ける。
ベッドの端に幼馴染、いや恋人であるカエデが腰かけている。
「おはよう、カエデ」
体を起こし大きく体を伸ばす。
昨日無理をしすぎたせいか、関節のあちこちが痛いが、こうして今隣にカエデが座っている、というだけでも頑張ったかいがあるというものだ。
しみじみとミナトは一週間の地獄のような訓練の日々を思い出す。
「うん、おはようミナト。イーサンが朝ごはんだから、ミナトを起こしてきてって」
「そうなんだ、ありがとう。……って言葉分かんないって言ってなかったけ?」
昨晩、ボートに乗っているときに判明した事なのだが、カエデはイーサンたちの言葉が理解できないらしい。
ここは異国どころか異世界なのだ。
言葉が通じないのが普通だろう。
理由はわからないが、初めからこの世界の言語を理解できていたミナトの方が異常なのだ。
「うん。だけど朝ごはんを作ってたから、起こしてきてって事なのかなって」
「そっか、着替えたら行くよ」
「うん」と言って、手を振りながらカエデが部屋を出ていく。
ちなみにカエデはミナトの使っている客室の隣の部屋を使っている。
イーサンは「同じ部屋でいいんじゃないか?」と冗談ぽく言っていたが、流石にそれは丁重にお断りした。
「なんか考え事してたら眠たくなってきたな。せっかくだからもうひと眠りしようかな……」
そんな事を考えながら背中からベッドに倒れこむと、ドアのすき間からのぞいているカエデと目が合った。
しばしの沈黙のあとカエデが口を開く。
「起きてね?」
「あ、はい……」
カエデがまた手を振りながら、音もなくドアを閉める。
表情は満面の笑みだったが、目は全く笑っていなかった。
放ってくるプレッシャーだけなら、昨日の仮面の男よりも今のカエデの方が強いんじゃないか、そう思う。
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