第二話:たとえこの手を血に染めたとしても

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第二話:たとえこの手を血に染めたとしても

 トントントンと小気味いい音が響いている。  この音には聞き覚えがある。そう、料理をしているときの音だ。  徐々に覚醒していくにつれ、美味しそうな香りが漂ってくる。  匂いだけでとても美味しそうで、食欲が刺激される。 「ッ! 痛たた……」  体を少し動かしただけでも走る電撃の様な痛みに、ミナトは思わず眉を寄せる。  鉛のように重い体をゆっくりと起こす。 「ここは?」  風邪の時のような頭痛に襲われながらゆっくりと周囲を見渡す。  寝室だろうか、ベッドとちょっとした収納しかない簡素な部屋だ。  すべり落ちるように、ベッドから降り深呼吸をすると少し頭痛がおさまる。  何日間寝ていたのだろうか、というくらい体がこり固まっている。  軽くストレッチをしながら、何となく壁にかかっていた世界地図に目をやる。    下半分には大きな大陸があり、上半分には島国がある。  地図アプリで現在地を表すような赤ピンが島国に刺されている。 「ノースウェル……? どこだここ」  なぜだか既視感のある言葉の響きに気持ち悪い感覚を覚えながらも、木製のドアを開く。 「おはよう」  あの刀を持っていたスーツの男が、今はエプロンを着て料理をしている。  そして優しい笑顔でミナトを見やると、再び料理に戻る。 「あ、どうも……。ところでここは一体」 「まぁ色々聞きたいことはあるだろうが、まずは朝飯だ。腹減ってるんじゃないか?」  男に指摘されて改めて、腹痛がするほどの激しい空腹感を思い出す。  男は手際よく料理を盛りつけ食卓に並べていく。  そして座って本を読んでいた少年の隣に座り「どうぞ」と、ミナトも席に着くよう促す。  席に座ると、さっきから部屋全体に充満している美味しそうな匂いが強烈に食欲を刺激する。  コッペパンと、色とりどりの野菜が入っているスープ。  見ているだけでよだれが止まらない。 「遠慮せず食いな。なんせ丸一日寝っぱなしだったんだ、腹も減ってるだろう」 「はい、いただきます。って、え? 丸一日寝てた?」  空腹感が強すぎてコッペパンに大きくかぶりついた所でようやく気が付く。  ハトが豆鉄砲をくらったよう、とはまさにこの事だ。  確かに腹が減りすぎて腹痛はひどいし、腰も痛いし、何なら少しめまいもする。 「あぁ大変だったんだぞ、お前を回収した後すぐに気を失ってしまってな。まさか死んだかと思ってひやひやしたよ」 「は、はぁ……」  スープを口に運びながら男は笑う。  助けてもらった時のイメージが強かったのかもしれないが、笑っている姿は思っていたよりも幼い印象を覚える。 「あぁ忘れてた。そういえば自己紹介がまだだったな。俺はイーサン・ベイカー。こっちは相棒のアラン・クラインだ。  俺たちはこの町でベイカー商会って名前でフリーの殺し……ゲフンゲフン。何でも屋をやっている」  ミナトの耳が確かならイーサンは今【フリーの殺し屋】をやっているといった気がする。  だが確かに今だってラフな感じではあるがスーツを着ているし、部屋の端の方には刀も立てかけてある。  おそらくその何でも屋の中には殺しの依頼も入っているのだろう。ミナトは無理やりそう自分に理解させる。 「俺は、カトウ・ミナトです、よろしく」 「ああ、よろしくな」 「うん」  イーサン、そして隣の少年アランと順に握手をする。  イーサンはミナトより少し上、アランは大体中学生くらいだろうか。  二人とも年の割にはずいぶんゴツゴツとした、職人のような手だ。  場合によっては殺しもやる何でも屋をやっているのだ。  ミナトには想像しがたい苦労が色々あるのだろう。  楽しく雑談をしながら朝食をすませる。  殺し屋なんて言うから、どこかネジが外れているのかと思ったが、意外とイーサン、アランの二人は普通の少年という感じだった。  社交的なイーサンに、大人しい感じのアラン。どこにでもいる少し年の離れた兄弟。そんな印象をミナトは覚えた。 「まぁ簡単にではあるが、自己紹介もすんだところで。さっそくあの仮面野郎にさらわれてしまったあの女の子の話をしようか」  イーサン手早く食事の片づけをすませ戻ってくる。  着けていたエプロンを椅子の背もたれにかけ、腰かける。 「女の子……カエデの事ですか!?」  謎の仮面の男に連れ去られてしまった幼馴染のカエデ。  自分にもっと力があれば……。  あの時の何もできなかった事に悔しさと後悔の念が押し寄せてくる。 「あぁ、昨日一日かけて調べてみたんだが、どうやらそのカエデという子は東にある第三倉庫街のどこかに監禁されている」 「第三倉庫街?」 「お前を回収したのが第一倉庫街。第三倉庫街はそこから少し北側にあるんだが、中々やっかいな場所でな。そう簡単にはいかないだろうな」  イーサンが組んだ両手をあごに当て、難しそうな顔をする。 「お前を助けたときは現場が混乱していたからどうにかなったんだがな。今回は相手の防衛体制も完璧だろう。だからそう簡単に手が出せないんだ」 「イーサン、俺も。俺に出来る事があるなら何でも手伝います。だから……」 「ミナト、お前は恋人を助けるために他人を殺せるか?」  カエデを助けてください。そう言おうとした口が思わず止まった。  ここは理由はよく分からないが、いきなり拳銃を持った男たちに襲われるような所だ。 「言い方を変えようか。お前は自分の幸せのために他人の幸せを奪う事ができるか?」  何となくではあるが、そんな気はしていた。  カエデを助けようと思ったら絶対に血生臭い事になる。 「お前がどんな選択をしようと、俺たちはその子を助けに行く。別件で用があるからな。  だから自分に嘘はつかないでくれ。だがもしもお前が戦うというのなら、自分の身を守れるくらいには俺が鍛えてやる」  自分の命をかけて戦う。  想像しただけで呼吸は荒くなり、ドッと脂汗がふき出し額を濡らす。  ふと重みを感じて右手を見てみると、べっとりと血がこべり付いた拳銃が握られていた。  思わず目をつむってしまったが、大きく深呼吸をして過呼吸を整え目を開ける。  すると拳銃も血も消えていた。  イーサンが言った『自分の幸せのために他人の幸せを奪う事ができるか?』  そんな事は当然考えたことは無い。  しかしこれは絶対に今答えを出さないといけない事だ。  少し考え心のままに思った事を話す。 「約束したんだ、カエデと。絶対に助けに行くって。この先へ進むと、もう戻れないかもしれない。だけどここで行かなかったら絶対に後悔する。だから俺は戦う」  ミナトは決意を込めてまっすぐとイーサンの目を見る。  ミナトの思いが伝わったのか、イーサンはフッと笑って組んでいた右手をミナトに差し出す。   「分かった、その覚悟を尊重する。でも訓練が始まってから後悔するなよ?」 「やらない後悔よりも、やった後悔ってのが俺のモットーなので」  ミナトもニヤリと笑ってイーサンの右手をとる。 「ふっ、そうだな。あと敬語はやめてくれ、慣れてないんだ。上限関係みたいのには」  イーサンはばつが悪そうに頬をかきながら言った。 「アランも頼むぞ、俺だけでは手が届かない事もあるだろうからな」 「うん、よろしくねミナト」  イーサンに頭をポンポン叩かれながら、アランはミナトに右手を差し出す。 「こちらこそよろしく、アラン」  ミナトも右手を差し出し、力強く握る。 「それじゃあそろそろ行こうか」  話がまとまった所でおもむろに立ち上がり、イーサンは壁に立てかけてあった刀と、クローゼットからアタッシュケースを取り出す。  それに続いてアランも三つの穴がある不思議な銀色の剣を持つ。 「行くってどこへ?」  家を出ていくイーサンたちにミナトも慌ててついていく。 「俺のクライアントが持ってるプライベートビーチ」  プライベートビーチという単語を聞いて、勝手に浮かれていたミナトであったがこの後文字通り地獄を見るのであった。 
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